二人部屋

「マジかよ…」
扉を開けるなりがっくりと項垂れた相棒の第一声に、その後ろに立つシグルドが首を傾けた。
家屋に比べれば随分と小さな扉では室内の様子は全く見えない。
うんざりしたように体をずらしたハーヴェイの後ろから室内を見回す。
「何か、問題があるか?」
見たところ普通の部屋である。船内であるため狭いのは当然のことであろう。
異常はないと、隣に立つハーヴェイを見れば男は再度肩を落とした。
「あのなぁ…椅子は2つあるからいいにしても、ベッドが1つしかないだろうが」
ハーヴェイに向けた目を丸くしたシグルドは視線を室内へと戻し、ベッドを確認し、更にハーヴェイへと戻した。
「部屋が狭いからな。―――それがどうした?」
「ここは2人部屋だろう?」
「………………あぁ」
どうやら本気で分かってなかったらしいシグルドは暫し沈黙し、漸くそういうことかと納得したように頷いた。
相変らず日常生活の会話がままならない相棒に脱力しつつ、どうしたものかと考えるハーヴェイの耳に軽い足音が届いた。
「どうしたんですか?」
部屋の前で立ち止まる2人の背後で、不思議そうに小柄な少年が見上げている。
「よぉナレオ。いや、ベッドが1つしかなくてよ」
室内を指差せば、ひょこりと2人の間から海賊見習い中の少年が部屋をのぞきこむ。
「あぁ、ぼくと父さんの部屋もです」
矢張り部屋の広さの問題なのか、どこもベッドは1つらしい。
「おいナレオ!」
「あ、はい!えっと、それじゃあ失礼します」
向こうの部屋の扉から顔を覗かせ、名を呼ぶ父の声に返事を返したナレオは、ぺこっと先輩海賊2人組に頭を下げてぱたぱたと走って行った。
それを見送る2人の背後を通り過ぎる、ナ・ナル島出身と思われる親子連れ。
「とりあえず部屋に入ろう」
「…だな」
どうやら通行の邪魔になる上に、目立つことこの上ないと気付いた2人はとりあえず扉を開けたままの部屋へと大人しく納まった。

「つかセミダブルを1つ置くんなら、シングルを2つ置けっての」
一先ず椅子に腰を下ろした2人は、どうやらそのベッドが通常のものより大きいことに気がついた。
「その方が嵩張るだろう?」
尤もである。シングルを2つ置けば、単純に考えてサイズはダブルと変わらない。
「ざっと見たところ、親子や夫婦も多いようだしな」
因みにそれなりの立場にある者は当然のように、ここよりも広い一人部屋である。
この船のリーダーであるカイリをはじめ、オベル国王リノ・エン・クルデス、軍師エレノア・シルバーバーグや2人の主である海賊船グリシェンデ号艦長キカもそうである。
それ以外のものが他に空いている部屋に押し込まれるのも無理はない。
が、いい年をした男2人の部屋にベッドが1つしかないのは嫌がらせだろうか。
不意にハーヴェイが椅子から立ち上がる。
「ハーヴェイ?」
「グリシェンデで寝る」
本来の自分たちの船ならば当然部屋もあれば、己のベッドもある。
名案だと思ったのだが、それは直ぐにシグルドに却下された。
「それは駄目だ。緊急の場合やキカ様に万一のことがあればどうする」
確かに夜になにも起こらないとは限らない。
そんなときにグリシェンデ号にいたならば、もどかしくて仕方がないだろう。
碇を下ろし、ほぼ完全に眠っている船を動かすにはそれなりの時間がかかる。
渋々ながらも納得したハーヴェイは椅子に座りなおし、机に頬杖をつく。
「なら向こうから毛布だけでも運ぶ」
ソファがないため直接床に寝ることになるが、毛布でもあれば少しはマシだろう。
それでいいかと問う眼差しにシグルドが小さく溜息を漏らす。
「どうしてそうなるんだ。もっと手っ取り早い方法があるのに」
「手っ取り早い?どうするんだ?」
そんな方法があるのかと。意外そうに頬杖を解いて顔を上げる相棒に、シグルドは躊躇いなく微笑を浮かべた。
「一緒に寝ればいいだろう?幸いシングルでないの…」
「―――――っておい!」
真面目に聞き入っていたハーヴェイは、思わず力いっぱいシグルドの提案へと突っ込みで言葉を被せかけた。
「何だ?」
「それができないからこうして悩んで…」
「何故出来ないんだ?」
今度はハーヴェイの疑問にシグルドが言葉を被せかける。
「何故って…」
ちらり視線を投げかける先は、正面に座る黒髪の青年。の、更に先にある1つのベッド。
それに気付いたシグルドが背後を振り返り、立ち上がる。
数歩の距離をあっという間に詰めてベッド脇に立った彼は、その淵へと手をついた。
「少し狭いだろうが、何とか大丈夫だろう」
「全っ然、大丈夫じゃない!」
「…ハーヴェイ。壁が薄そうだから大声は出さないほうがいいかと」
木製の壁を指差すシグルドに、本日2度目の脱力をしたハーヴェイはもう一度ベッドへ目を向ける。
何故一緒に寝れないのかと聞かれれば…反論など出来よう筈がない。
「―――――分かった。その代わり俺が壁際だからな。落ちるのはごめんだ」
「そんなに寝相は悪くないと思うんだがな」
少し困ったような表情を見せるシグルドに、当分はこいつには勝てそうにないとハーヴェイは一人密かに肩を落とした。

ハー→シグもどき。
絶対にあると思っていた二人の部屋がなくて凹んでいた次第。
私の中でシグは微天然。