動物の理

オーバーキルでしもべの体が跡形もなく砕けた。
その体を成していたエテリアが右腕のレクスに吸収されたのを確認したフィールは大きく息を吐き出した。
このあたりのしもべはこれで一掃できた。
完全に安心して …というわけにはいかないものの、今晩もそれなりにゆっくり休むことができるだろう。
暗くなる前に火を起こそうかと。
声をかけるために後ろにいる二人を振り返り…ふと気付く。レオンの様子がおかしい。
「レオン?どうかしたのか?」
近寄り、思わず手を伸ばしかけて…微かな痛みと乾いた音に、振り払われたのだと気付く。
「あ…わりい…。…ちょっと頭冷やしてくる…」
俯き加減だった顔が、驚きの表情と共に上げられる。
まるで少年の手を払ったことが信じられないという風に、表情に動揺を露にしたレオンは、さっと視線を逸らせてここへ来る途中にあった川のほうへと足早に向かって行った。

その場に残されたフィールは呆然とした様子でその後ろ姿を見送り…アルミラへと勢いよく向き直る。
「アルミラ!レオンが変だ!………じゃなくて」
ついついお気に入りの決め台詞を言ってから、そんな場合じゃないのだと気付いて首を振る。
今回は冗談でなく様子がおかしかった。
「顔も赤かったし呼吸も浅かったし…熱があるとかじゃないかな?」
岩陰に隠れたのか、既に姿が見えなくなったレオンを思い出しつつ尋ねれば、常と何ら変わることのないアルミラは、相変わらずその大きな胸の下で腕を組んだまま、レオンが去っていった方へと目を向けた。
「ああ…大丈夫だ。…ただ厄介であることに変わりはないな」
それからゆっくり、不安げなフィールへとその右目を向ける。
「繁殖期だ」
「………え?」
きっぱりと言われたその一言が理解できず、たっぷり数呼吸の後、尋ね返す。
「私たちはそう呼んでいるが…まあ、発情期と言った方が分かりやすいか」
「は…発情期ぃ?」
突拍子もない言葉に素っ頓狂な声を上げたフィールを見詰めたまま、アルミラは真顔で頷く。
「我々カテナは寿命が長いゆえに、繁殖力が弱い。しかし、長いがゆえに子を生そうとする者があまりいないんだ。そのままだと種が途絶えてしまうからであろうな、カテナには数十年に1度、繁殖期が訪れる」
淡々と語られるカテナの生態に、自分たち人間と随分違うことを感じながらも感嘆の息をつく。
言っている事は納得がいく。理屈としても通じている。
何せ1000年も生きるのだ、子を作ろうという意識など薄いに違いない。
しかし、だからといって発情期があるというのには…驚いた。

「………って事は…アルミラも…?」
今が発情期という事は、アルミラもではなかろうかと思うのだが。
不思議そうに見詰めてくるフィールに、カテナの女性は微かに笑う。
「安心しろ。動物と違い、カテナの繁殖期には個人ごとに周期がある。短い者もいれば長い者もあるし …元より、女は男よりも周期が長く期間も短い。…まあ、つまり私は違うということだ」
「女の人の方が少ないの?」
「一度孕んでしまえばそれまでだからな。男は孕ませても、また別の者を孕ませることができるだろう?」
「なるほど…」
実に合理的だ。ただ一つ言うなれば、周期は短い方が多く子どもを生める気がする。
それとも人間とは違い、妊娠期間も随分と長かったりするのだろうか。
疑問を覚えながらも納得し、大きく頷いたところでそんな場合ではなかったことを思い出す。
何はともあれ、現在レオンが発情期だというのだ。
「その繁殖期ってどれくらい続くの?」
何においても長い時間を有するカテナだ、きっと普通の動物みたいに短くはないのだろう。
「それも個人差によるが…レオンの場合は一ヶ月ほどか」
「え?そんなに短いの…?」
てっきり年単位だとばかり思い込んでいたフィールは、普通の動物と変わらぬ期間に目を瞬かせる。
それにしても、先ほどアルミラが言ったように今、それが訪れたのであれば厄介なことに変わりはないのだが。
「昔はもっと長かったように思うが…随分と短くなった。神々の弄り方がまずかったのか、闘争本能が強化された反動なのか…確かOZになってからのことだったはずだ。…その代わり、周期が1、2年に一度と極端なまでに多くなっているがな」
何というか…カテナってよく分からない…。
そんな感想を胸に抱きながら、とりあえず厄介なことをしてくれた神を改めて恨み直す。
こんなところでまで邪魔をしてくれるらしい。
…が。そのことさえ置いておけば現在とんでもない状況である。
不意に忙しなく視線をレオンが去って行ったほうへ向けたフィールは、それからアルミラに顔を戻す。
「あの…ちょっと心配だから見てくる」
そう一言言い残しては、アルミラの返事を聞くことなくフィールは川のほうへと走って行った。