Only one wanting it…

書かれている内容は分かっている。
差出人は違えど、それは今まで何通も届けられた書簡と同じ内容。
読んでも無駄だということを分かっていながらも読んでしまうのは、偏に小十郎が生真面目だからであろう。
何せ差出人は皆、小十郎よりも身分が上の者ばかりである。きちんとした返事を書く必要がある。
そのためには腹立たしい書簡であろうとも、隅から隅まで読んでおきたい。
出来るものならば、封も切らずに捨て去ってしまいたいと思うのも事実。
ふざけんなと怒鳴りつけてやれればどれだけすっきりするだろうか。
そんなことを考えながらも最後まできっちりと書簡を読み終えた小十郎は、小さな溜息を落としながらそれを丁寧に畳んだ。
文机の上に紙を広げ、墨を磨る。
返事というものは早ければ早いほど良い。それが相手にとって色好いものでなければ尚更に。
無駄に返事を遅らせれば、悩んでいるのだろうかと余計な期待を持たせてしまう。そうなると後々までしつこい。
さっさと断りの書簡を返すのが利口というものである。
心を静めるように無心に墨を磨る小十郎の背後で襖が開いた。
そのようなことをするのは、することが出来るのはこの城に一人しかいない。

「Hey、小十郎。次の戦のことなんだが…、と。文を書いてんのか?」

この城の主であり、小十郎の唯一の主人である伊達政宗。
地図を片手に部屋へと遠慮なく入り込んできた政宗が文机に向かう小十郎に声をかける。

「は。すぐに書き上げますので、少々お待ち頂きたい」
「すぐに書き上げるって…まだ一文字も書いてねぇだろ」
「いえ、すぐに書き上げます」

文机に向かう肩越しに覗き込めば、そこはまだ白一色。
やけにきっぱり言ってのけた小十郎は筆の先端を墨に浸している。
小気味良いほどの断言にぴんと来た政宗は文机の端に置かれた、丁寧に畳まれた書簡を取り上げる。
真っ白な紙に堅苦しいほど丁寧な文字を綴り始めた小十郎はそれを咎めない。
小十郎の背に凭れかかるように座った政宗がそれを広げ、書かれた文字をざっと斜めに目を通した。

「Ah~han、またHeadhuntingか。相変わらずもてるな、小十郎」

それは奥州など見捨て、こちらの国に来いというもの。様々な色好い条件が並んでいる。

「揶揄わないで下さい、政宗様」

茶化すような響きを持つ言葉に、筆を走らせる手は止めぬまま小十郎が眉を寄せた。


戦国乱世。 まさに弱肉強食そのもののこの時代、どの大名もが天下獲りのために戦を繰り返す。
戦に勝つためには優秀な主は勿論のこと、その臣下も有能でなければならない。
他国にそのような者がいれば自国に引き抜こうとする。そのような光景も珍しくはない。
そしてそれは伊達軍の軍師である片倉小十郎も例外ではなかった。
上杉の直江兼続と並び称されるほどの知才を持つ小十郎の下には、ひっきりなしに引き抜きの書簡が届く。
小十郎は知将として名高いが、一方主である政宗に剣術を教えるくらいの剣の達人でもある。
まさに文武両道ともいえる有能な人材を欲しがぬ者がいようはずもない。
だが、幼い頃より政宗に生涯を捧げると忠誠を誓っている小十郎は、それらを一蹴している。
しかしそれがまた、文武両道に長けただけではなく忠実であると噂になり、引き抜きを持ちかける書簡は更に増えた。
何とも矛盾した話である。
本来であれば、そのような他国からの誘いの書簡など主君に見せるべきではない。
しかし小十郎は、それを見たいと政宗が言えば迷うことなく差し出す。
それは絶対の信頼。
小十郎は決して奥州から、否、政宗から離れはしない。
だからこそ態々隠す必要などない。堂々としていればいい。


小十郎には言わぬことであったが、彼を欲しいという内容の書簡を見ることは嫌いではない。
勿論腹立たしくはあるのだ。小十郎は己のものであるという独占欲がある。
何しろ小十郎は政宗の懐刀とでも言うべき腹心であるが、それ以前に政宗の右目である。
体の一部。その命すら小十郎自身のものでなく、政宗のものなのだ。
それを何故人に奪われなければならないのか。竜の右目が欲しいなど、身の程知らずにも程がある。
そう憤慨する一方、これほどまでに渇望される男が己だけのものであるという幸せをも感じる。
そして、それほどまでに世間に評価される小十郎がこの上なく誇らしい。
この憤慨と喜びとを天秤にかけると、勝つのは喜びなのだ。
数多の大名が欲しがる男。その全てが自分一人だけのものだという快感にぞくぞくする。
どれだけ望まれようと、どれほどの条件を出されようと小十郎はそれらを一顧だにしない。
小十郎が見るのは政宗ただ一人。彼が忠誠を誓い、命すら賭してくれる。
これほど誇らしく、独占欲の満たされることが他にあるだろうか。
だから政宗は、小十郎を求める他国の大名からの書簡を読むのが嫌いではない。いっそ幸せすら感じる。


「…おい、小十郎」
「何ですか、政宗様」

名を呼べば即座に返される返事で、小十郎は必ず政宗の名を呼ぶ。
それが嬉しくて、時々用もないのに声をかけたくなる。
思わずにやりと笑い、凭れかかる背に体重をかける。

「これに比べれば、前の奴の方が条件は良かったな」

手にした文に目を落としたまま、記憶の中にある以前送られてきた書簡に書かれていた条件と照らし合わせて見ると、どうもこちらのほうが付与される領地が狭い。
そう告げれば、寄りかかる小十郎の背が笑うように小さく揺れた。

「どちらも同じです」
「そうか?」

記憶違いだろうかと首を捻る。が、矢張り今回の条件の方が劣っているように思う。
では領地の広さを勘違いしていただろうかと記憶を探るところで、小十郎が手にしていた筆を置いた。
どうやら宣言通り、さっさと書き終えたらしい。
軽く押し返されるのを感じて背を離せば、正座したまま小十郎が政宗のほうへと向き直った。
それにあわせるように、政宗も小十郎のほうへと体を向ける。

「はい。小十郎が望むはただ一つ。それ以外であれば、一万石であろうと百万石であろうと同じこと」
「………」

真顔で返された返事は不意打ちそのもの。
理解するのに僅かな時間を要し、理解すれば政宗の口角が上がった。
手にした地図と書簡を傍へと置いては、目の前の小十郎の頬へと手を添えながら楽しげに隻眼を細める。

「小十郎。お前が望むものは何だ」
「竜の御身にございます」

問えば躊躇いなく返される言葉に政宗が満足げに笑む。
この男は領地や名誉や金では決して動かない。求めるものはただ一つ、隻眼の竜だけ。

「本当にお前は欲がねぇな。いや…竜を所望するあたり、欲がありすぎるのか?」

竜を、それも隻眼の竜を用意できる者がどこにいよう?
くつくつと楽しげに笑った政宗はそっと小十郎の唇へと自らの唇を押し付けた。

「褒美だ。竜を食らわせてやろう」

いつだって、返される言葉は政宗を喜ばせるものばかりで。
それが本気だと分かっているからこそ、まるで子どものようにはしゃいでしまう。

「ありがたきお言葉」

政宗と同じように口の端をゆるく持ち上げた小十郎は唇を重ね合わせたまま、何より欲する隻眼の竜を畳へ押し倒した。

史実では秀吉や家康にもお誘いを受けている小十郎。
ゲーム中でも多くの人に高評価を受けている小十郎。
それが腹立つ一方、嬉しくもある筆頭。