日常

褥に俯けに転がり、頬杖をついたまま煙管を吸う。
いつもの日課。
本来起きる時間にはまだ早い。だからといって、その分早く暖かな褥から出ることはない。
どうせ時間になれば起こされるのだ。それまでの僅かな一人の時間をゆっくり過ごしたい。
ぼんやりと天井へ向かう煙を眺める。
そう思うも、頭は本人の意思とは無関係に動き続ける。考えなければならないことは山のようにある。
ぼんやりする暇は無い。


襖の向こうで微かに人の気配がした。既に慣れ親しんだ気配。目を向けることもない。
衣擦れの音が、その人物が閉ざされた襖の向こうで正座をしたことを知らせる。

「失礼致します。起きていらっしゃいますか」

低く落ち着いた声。

「小十郎」

煙管盆を引き寄せ、男の名を呼ぶ。

「はっ」

すかさず返された返事。襖が開き、己の傅役の男が室内へと入って来た。

「政宗様、寝ながら煙管を吸われませぬようにと…」
「分かった分かった」

毎朝告げられる言葉を軽くいなしながら起き上がる。
褥の隣で背を伸ばして正座する男の方へと、煙管を咥えたまま片膝を立てて向き直った。

「武田との同盟の話を受ける。異存は?」
「ございません」

閨で話すには不釣り合いな内容。
しかしそれが寝起きの思い付きなどではないことを知っている小十郎は頷く。
幼い頃から政宗の傅役である小十郎は、同時に伊達軍の軍師でもある。
その有能さは、他国から引っ切り無しにかかる引き抜きの声から知ることが出来よう。
伊達よりも強大な国であろうと、今以上の高待遇を持ち掛けられようと決して首を縦には振らぬ忠臣。
政宗は政に関しては独断で決めてしまうことも少なくない。
しかし年齢のわりに頭の切れる彼の判断に間違いはほとんどといっていい程にない。
そんな政宗が意見を求めるのが小十郎である。
伊達軍の軍師であり、己の腹心であり、何より己を一番に考えてくれる男。自分を諫めることのできる男。
だからこそ、彼にだけは問う。己の判断は間違ってはいないかと。
部下に迷いを与えるわけにはいかない。しかし道を誤るわけにもいかない。


異存がないとの返事に政宗は大きく頷き、煙管の灰を盆に落とした。
その独眼に写るのは己の判断が間違っていなかったという多大な自信と微かな安堵。

「朝餉の後に書状を認める。成実にでも持って行かせろ」

その顔は伊達家当主のもの。

「分かりました。成実殿にお伝え致します」

すっと頭を下げた忠臣を横目に見ながら煙管を手放し、下がろうとする男の名を呼ぶ。

「小十郎」
「はっ」

やはり間髪入れずに返される声。小十郎はじっと主君の言葉を待つ。
その視線を横顔に感じながら、朝の光を受けて白く輝く障子紙を眺める。

「…甲斐と手は結ぶが、俺はその下につく気はない」

一度途切れる言葉。小十郎は無言で続きを待つ。
障子を見ていた顔がゆっくり、腹心の部下を見る。

「お互い、隙を見せた方が食われる。信玄公もそのつもりのはずだ。あれも喰えないおっさんだからな」

真っ向から見つめる独眼がにやりと笑んだ。

「重々承知しております」
「隙は一切見せるな」
「承知」

口許に笑みを浮かべたまま、微かに目を細める。そこに宿るのは野心の色。気高き竜の瞳。
まだまだ年若い当主の言葉に頭を下げていた小十郎がゆっくり顔を上げる。

「では朝餉を持って参りますので少々お待ちください」
「あぁ」

短い返答に小十郎が立ち上がる。

「…小十郎」

襖を開け、立ち去ろうとする男の名を三度呼ぶ。小十郎は動きを止め、再び障子を眺める主君へと目を向けた。

「…これからもずっと俺の隣にいろ」

問い掛けるより先に告げられた言葉。
突然の、しかし今までに何度も繰り返された言葉に、小十郎はその子供を泣かしかねない顔へと微かな笑みを浮かべる。

「勿論です。この小十郎は、命まで政宗様のものですので」
「分かってるならいい」

ぶっきらぼうな言葉とともに、下がれとばかりに振られた手にもう一度頭を下げた小十郎は笑みを浮かべたまま襖を閉じた。

バサラ初作品。二人の性格と口調がまだ掴めない。
返ってくる返事を知りながらも、時折ふと確かめてみる。
そんな何気ない日常。