同工異曲

暦の上ではとうに春であるが、雪深い奥州はまだまだ肌寒い。
とはいえ、洒落者である身としては春になってまで冬の姿でいたくない。
しかし当然、洒落者であろうと寒いものは寒い。
ならば体を動かしゃいいんじゃねぇかと、足音荒く廊下を歩いていた政宗は目的の部屋の前で足を止めた。
「Hey、藤次郎!」
遠慮なく襖を開けば、書見台に向き合っていた人物が顔を上げた。
政宗と寸分違わぬ顔。
ただ、その髪だけが雪のように白い。
向かい合う、そのどちらもが奥州の王、伊達藤次郎政宗である。
「What?」
何だ、と。
白髪の政宗こと藤次郎が問い返せば、この城の主である黒髪の政宗がにっと笑った。
「相手をしろ」

「相手、なんて言うから俺はてっきりSexの相手だとばっか思ってたんだがな」
「それは夜まで我慢しろ」
「殿っ!」
「政宗様っ」
鈍っているであろう体をほぐすべく腰を捻っていた藤次郎の言葉に、同じく腱を伸ばしていた政宗が事もなく返事を返す。
そこへ飛ぶのは、それぞれの家臣からそれぞれの主への諫めの声。
立会人になってもらうべく政宗が藤次郎の気の弱そうな家臣、片倉小十郎景綱こと景綱を呼んだのは事実であるが…厳しい己の家臣、小十郎を呼んだ覚えはない。
「大体小十郎。何でお前がここにいんだよ?」
知らせた覚えはねぇぞと呟けば、真顔の男が隣に立つ同じ名の人物を示した。
「景綱殿より伺いました」
「いざと言う時、私一人で殿と政宗様とを止める自信がないので…小十郎殿にご足労願いました」
同一人物とは思えぬほどに、にこにこと景綱が笑いながら当然のように告げる。
「またそんな小煩いのを…」
「景綱ァ!てめぇそれでも俺の部下か!んな弱気でどうすんだっ!」
「何と言われようが、私は殿の守りだけで精一杯です」
一人舌打ちする政宗と、景綱へ怒鳴りつける藤次郎。
慣れた挑発を景綱はきっぱりと聞き流した。

…この3人だと拉致があかねぇ。

一人離れたところで傍観していた小十郎が、その様子に心中呟いた。
主にあたる二人は、その髪の色以外双子のように似通っていると言うのに、臣下である自分と景綱は見た目も性格も驚くほど似ない。
ただ、それぞれの主に対する忠心だけが同じ。
それにしても、あの性格では政宗に瓜二つな藤次郎の言動を押さえ付けるのは困難だろうと。
3人を眺めていた小十郎は声を上げた。
「準備はよろしいか。いつまでも戯れあっておられるならば、政宗様には政を行って頂くが」
「WaitWait!よろしい!準備はよろしいからちょっと待て!」
慌てふためく政宗が着流し姿のまま刀を手にした。
一拍遅れ、藤次郎も刀を握る。
「Hey!政宗…てめぇんとこって主従が逆だよな。部下に脅されてどうすんだ」
くくっと揶揄うように笑う藤次郎に政宗の眼尻が吊り上がる。
「Ah?傅役ってのは主を押さえてこそだろ。おめぇんとこの景綱こそ押さえられてなくて役立つのかよ」
挑発するような政宗の台詞に、今度は藤次郎がこめかみを震わせる。
「いい度胸じゃねぇか…」
「それはこっちの台詞だ」
「それでは両者構えて!…始めッ!」
開始前から険悪さを増していく二人をはらはらと見守っていた景綱を横目に、小十郎は冷静に戦い開始を告げた。
同時に二人の独眼竜が板張りの床を蹴った。

「小十郎殿…」
「如何した?」
邪魔にならぬよう、道場の端に姿勢正しく正座した小十郎の隣に立つ景綱がそっと声をかけた。
目の前でぶつかる二本の刀から目を離さぬまま、小十郎が応じる。
「小十郎殿はいつも政宗様相手に強気ですが…何故そのようにいられるのですか?」
問われたそれに、小十郎が隣に立つ景綱を一瞥をくれた。
目許に泣き黒子、黒く長い髪、女のように柔らかな風貌。
何度見ても己と同じ人物だとは信じがたいが…彼もまた確かに、独眼竜伊達藤次郎政宗の傅役である片倉小十郎景綱なのだ。
「こうでもせぬと、政宗様は一向に小十郎の言う事を聞いて下さらぬゆえ」
甘やかせば、この景綱と藤次郎のようなことになるのだろう。
…それにしては、主の性格が同じなのが気にならないではないのだが。
どのように育てても、行き着く先は他にないのだろうかと不安になってしまう。
「…でもうちの殿も…優しい方です…」
「…片倉小十郎景綱のお仕えする伊達藤次郎政宗様であれば当然かと」
柔らかい呟きに、思わずと眉が寄せられる。
惚気られたような気がしたのは思い過ごしか。
殺気立ってすらいる2匹の竜へ視線を注ぎ続ける小十郎の隣に景綱も腰を下ろす。
既に手合わせの域を越えている気もするが、2人の家臣は止めようとしない。
「ほんとのところ、私などを気にかけて下さらずとも構わないんですけどね。殿は天下を獲られるお方ですから…私などに…」

…ほんとにこれが俺か?

隣でいまだに何かを喋り続けている景綱の声を完全に耳から追い出しつつ、小十郎はますますと眉を顰めた。
藤次郎様は政宗様よりも案外しっかりしておられるのやも知れぬと思うところへ、聞き逃せない景綱の言葉が耳に飛び込んで来た。
「…そう考えると、やはり政宗様よりもうちの殿の方が優秀と申しますか…」
「…アァ?」
話を全く聞いていなかったため、何故その結論に行き着いたのかは全く分からない。
が、どういう成り行きであろうと納得がいくはずがない。
「藤次郎様よりもうちの政宗様の方が優秀に決まってんだろうが」
思わず口調が素に戻る。
隣に座っていた景綱がきっと睨むように小十郎へ切れ長の目を向けた。
「お言葉ですが小十郎殿。貴方が殿のことをどれだけご存じであられるか」
「知ってようと知らなかろうと、うちの政宗様に敵うわけがねぇだろうが」
はっと馬鹿にするように鼻で笑えば正座をしていた景綱が腰を浮かせ、腰に下げていた刀の柄を握りながら片膝を立てた。
「今の言葉、撤回なされよ」
「吐いた唾は飲めねぇって言葉を知ってるか?…俺とやり合おうなんざ、覚悟は出来てんだろうな?」
小十郎もまた、腰の刀に手をかけながら腰を浮かせる。

「Shit…!」
同じ六爪を操るだけあって一撃が重い。
実力もほぼ同等。
決定打にかける。
「流石にやるじゃねぇか…なあ独眼竜…」
「そっちこそ、流石奥州筆頭を名乗るだけはあるぜ」
互いににやりと笑い、腰を低く据えながら刀を上段に構え直す。
防御を無視した、攻撃の構え。
恐らくはこれが最後。
乱れた呼気を整えながら、その左目を細く眇める。
「…奥州筆頭伊達藤次郎政宗…」
「推して参る…ッ!」
互いに低く声を放ち、ダンッと踏み込む。
「…く…っ!」
「つぅ…!」
振り下ろされた二筋の銀が甲高い音を立てて噛み合った瞬間、二人は同時に押し殺した声を漏らした。
藤次郎の手の中に刀はない。
弾かれたそれが一拍の後、床へと突き刺さった。
政宗の手の中には柄だけがある。
根元から折れ、飛んだ刃がやはり床へと刺さる。
「………」
荒い呼吸が響く中、二人はじっと隻眼を絡ませる。
そして二人同時に同じ行動へと走った。
「小十郎!今のは俺のvictoryだよなっ!?」
「景綱!winnerは俺だっただろっ!?」
同時に家臣の方を向いた二人は、やはり同時に目をも剥いた。
その視線の先には、静かに鍔競り合いをしている小十郎と景綱の姿。
何があったのか全く理解出来ずに呆気に取られていた二人が我に返り、それぞれの家臣の元へと走る。
「こ、小十郎!何熱くなってんだよっ!」
「景綱ッ?と…とりあえず落ち着けって!」
政宗と藤次郎が二人を羽交締めにし、引き離そうとする。
も、刀を抜いた二人は止まらない!
「止めて下さるな、政宗様!この小十郎、政宗様をけなされて黙ってはおれませぬ!」
「離して下さい、殿!殿を馬鹿にした者を許せるほど私の心は広くないんです!」
「………」
何となく何があったかは想像がついた。
結局、この二人はやはりどちらも片倉小十郎景綱なのだ。
どちらも親馬鹿でないはずがない。
暴れる家臣を背後から押さえ付けた政宗と藤次郎は、それぞれの家臣越しに顔を合わせて頷いた。
「とりあえず今日のところは痛み分けだ」
「I see」
政宗の提案に一も二もなく了承する藤次郎。
似てないようでもやはり同一人物であったと、騒ぐ家臣を逆方向に引き摺って行きながら政宗と藤次郎は心の底から理解した。

ゲームな伊達主従と乱世な伊達主従のコラボ。
乱世筆頭は「藤次郎」、乱世こじゅは「景綱」で統一。
筆頭同士は凄く仲がよさそう。
対して、こじゅは何となくいまいちな気が。