Sollen

辺りに散らばる剣を数本手に取って、その中から一番切れ味のよさそうなものを選ぶ。
どれもほとんど人を斬った様子のない刃の状態をつぶさに確認。
「俺のお勧めとしちゃ首を落とすか心臓を貫くかだな。他に希望があれば聞いてやるが」
一撃で即死に至らしめるにはこのどちらかの方法が最適であろう。
心臓を外すことはまずないだろうが…より、確実性を求めるのなら首を落とす方がいいか。
間違いなく一瞬で死ねる。
「さて、これならいいかな」
再度手の中の剣に目を落としたシードは、そのうちの一本を握り締める。
ハイランドで一般兵が軍より支給されるものだ。
さほど切れ味はよくないし強度も弱いが、実用品であるからして人は斬れる。
それなりの腕さえあれば、一撃で首を落とすことも充分可能だ。
自らの愛剣よりも軽いそれの懐かしい感覚を思い出すように何度か素振りする。
「…首を…お願い、出来ますか…?」
「…いい判断と度胸だ」
心を決めたらしい言葉にシードはにやりと笑い、その首へと切っ先を突き付けた。
顔色一つ変えない青年に笑みを浮かべたまま口を開く。
「目は閉じとけ。動くんじゃねぇぞ」
青年の喉が上下し、強い眼差しでシードを見返しては小さく、しかし力強く頷く。
強い色を宿した深い緑が瞼の向こうへと消えるのを確認して、シードはゆっくり剣を振る腕を持ち上げた。
厚い雲が日の光を遮っているため見誤ることはない。
一つ気になる点があるとすれば、柄をきつく握り締めたせいだろうか。
指の付け根の傷が開き、止まったはずの血が再び手のひらを濡らしている。
これが原因で手が滑り、首を落とせなかったとなれば青年との約束を違えることになる。
というより、それ以前の問題として間抜けですらある。
「―――」
無言のまま流れる血液を確認し、仕方なくそれを左手へと持ち替える。
右の肩に担ぐように持ち上げた腕を曲げ、頸骨の合間を見定めるべく目を眇め。
青年の呼吸を読みながらシードは息を止め、そのタイミングに合わせて冷ややかにためらいなく腕を振り下ろした。

多少タイミングがずれたか、位置がずれたか、大量生産の剣が頸骨を断つのに耐えきれなかったのか。
ちらりと目を走らせた先の刃はところどころ欠けている。
赤く濡れたそこから目を移した先に転がる首は、死ぬ直前の穏やかなままで。
約束は無事に果たせたようだと少しばかりの安堵の吐息を零した。
血の滴る剣を地面に突き立て、瞼の伏せられた顔を覚えこむように一瞥してから踵を返す。
思いの他時間がかかった。
戦火にやられて渇いた喉を酒で潤したいし、そういえば少しばかり空腹感もある。
たった今青年を殺した事実などなかったかのように、そんなことを考えながら首のない屍を残してシードは駐屯地の方へと足を向けた。

「今までどこで何をしてらしたんですかっ!!」
天幕に戻るなり、そこに待ち構えていたジュリアンの雷にシードは肩を竦めた。
「死傷者の確認やら事後処理で忙しいってのに、肝心の報告すべき将軍がいなくてどうしろってんですか!」
どうやらかなりおかんむりらしい。
延々続く説教を、半ば右から左へと聞き流す。
馬鹿正直に何をしてたか言えば更に怒られるだろう。
そんなことをする暇があるなら、本来の仕事をしろと怒る声が今にも聞こえてきそうだ。
「とにかくクルガン将軍に連絡を入れてきますから。逃げずにおとなしく待ってて下さい…って怪我してるじゃないですか!」
天幕を出ようとしたジュリアンが、しかし手についた血が返り血でなくシード自身のものだと気付いて声をあげた。
「放っておけば治るさ」
なかなかに忙しく、騒がしい奴だと元凶の赤毛の男はぼんやり思う。
「応急手当てくらいして下さい!とりあえず薬箱を取って来ますから、クルガン将軍との話が終わったら軍医に診せに行って下さいよっ」
念を押すように告げてから、やはり忙しそうにジュリアンが天幕を後にする。
事実忙しいのであろう副官に苦笑混じりに頷く。

もし自分ならどちらを選ぶだろうか。
硬く狭い簡易ベッドに寝転がってぼんやり考える。
潔く死ぬのも、最後まで足掻くのも、正反対ながら己らしいと思う。
最後に見た、緑の瞳に宿った強い意志の色が頭から離れない。
死ぬ間際、自分はあのように潔く覚悟を決めることが出来るのだろうか。
他人の目には死に急いでいるようにしか映らなくとも、それこそが己の見出だした価値ならば納得もいく。
潔く死ぬならば、その価値を見出だすことが先決か。
自分よりも年下であったろうあの青年には、その価値を己の中に持っていたのだろうか。
聞いておけば良かった、と。
シードは名前も知らない、今日最後に殺した青年へと呟いた。