気まぐれな運命の悪戯

部屋の代金は昨日に払ってある。
昨日に引き続き忙しそうな店内を横目に宿を出ようとすると、それを目ざとく見つけた店主がこちらにやってきた。
「あぁ旦那!待ってくだせぇ!」
「ん?」
呼び止められ、足を止めて振り返る。
こちらに駆け寄ってきた男の手には、大きく細長い袋。
「帰る前にこれを渡してくれって、昨夜頼まれまして」
「頼まれた?」
覗き込めば、その中にはワインが4本入っている。
「へぇ。何でも旦那の分を空けてしまったからと…」
自分が潰れた後に、主人に言付けたのか。
そういえば酒は店に預けてあると言っていた気がする。
3本でなく4本なのは、詫びのつもりなのか礼のつもりなのか、はたまたただの色づけなのか。
「…いや、いい。どうせ俺も飲んだからな。返しといてくれ」
何となく素直に受け取るのも癪で、手を振って店を出ようとすると、素早く主人が前へと回り込んできた。
「そ、そう言わずに。必ず受け取らせろときつく言い付かってるんでさぁ」
「…」
断ることは予想の上だったわけか。
「…分かった。礼を言っといてくれ」
「へい」
わざわざ礼を言いに戻る気にはなれない。
言付けを頼んで箱を受け取ると宿を出て、裏手にある厩へと向かった。



「…こういうことか、あの野郎…。信じられねぇ…」
城に戻ったシードが、宿で受け取ったワイン箱の底から見つけたのは上質な革の財布。
中には、見なかった振りを出来るほどに少なくはない額が入っており。
貿易商として儲けていたらしい彼からすれば、賭けに使える程度の額なのだろうが。
このまま貰ってしまおうと思えるような額では、到底ない。
「あー、ほんと信じられねぇ!馬鹿だろっ、あいつ!」
そう怒鳴ったシードが財布を返すべく、翌週村に向かったのはまた別の話。