Länder wegen Mordes

「失礼します」
「あぁ…クルガン。急に悪かったね」
「いえ。こちらが頼まれていた書類です」
皇王の部屋に入ったクルガンはそこにいる先客に気付き、軽く目礼をした。
そして手にしていた書類を、皇王に手渡す。
「それでは私はこれで」
「分かった。あまり…気を落とさないようにね」
先客が一礼し、部屋を辞した。
パタンと扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
書類を受け取ったジョウイが椅子に座ったまま、それを確認し始めた。
暫し、室内が沈黙に包まれる。
ゆっくりと書類を読んでいたジョウイが片手を伸ばし、側にあった判を取る。
紙面に赤く、皇王の印が押された。
そして二枚目に移りかけ、扉に目を向けた。
「…今の彼…レバノ家の長男なんだけどね」
「何度か、顔を合わせたことはあります」
頷き、机の脇におかれた一枚目の書類を見やる。
「父親…つまりレバノ家の当主であるグリッド氏と、弟である次男のアルム氏が昨晩、家に入り込んだ賊に殺されたそうだ」
「レバノ伯と、その次男が、ですか」
クルガンが僅かに眉を動かした。
小さく頷いたジョウイが疲れたように溜め息を吐き、椅子に深く凭れかかった。
「彼らが同盟と繋がってるらしいという話は君にもしただろう?それを調べようとしてた矢先だったんだけど…」
「犯人は?」
「いや…追い詰めたものの、窓から逃げられたようだ」
言いながら体を起こしたジョウイが、二枚目の書類へと視線を向けた。
その手元へとクルガンが視線を据える。
「それがどうも、ただの賊じゃないらしくてね」
「と言いますと?」
「殺されたのは当主と次男、それと使用人が3人。共通点は…何れも情報漏洩に関わりのあったとされる者」
判を押すジョウイの手が止まり、クルガンがゆっくりと視線を上げた。
暫し、二人の視線が絡み合う。

やがてジョウイがクルガンの反応を伺うように口を開いた。
「彼は顔を会わせて、一合打ち合ったらしくてね。賊は中肉中背で黒髪の男。片手に怪我をして、短剣一本で彼の攻撃を凌いだどころか、逃げ切ったらしいね。かなりの手練れで身のこなしも、慣れたもののそれだったようだ」
二枚目の書類へと印を押したジョウイがその二枚を重ね、クルガンへと差し出した。
差し出された書類を受け取ったクルガンが話を聞きながら、紙面の印を確認する。
「それは随分と絞れそうですね」
「黒髪ということを除けば…軍内に一人、心当たりはあるんだけどね?」
まるで此方を試そうとしているかのような声音に、クルガンが顔を上げた。
そして窺うかの如き視線を真っ直ぐに受け止める。
「私の知る限りでは、シードが条件に最も当てはまるかと」
「黒髪ではないけど、ね」
じっとクルガンを見つめたまま、ジョウイが再びそれを繰り返した。
彼の言わんとするところを知りながら、クルガンが眉一つ動かすことなく二枚の書類を纏める。
「ただ、あれに賊紛いの真似が出来るとは思えませんが。…それでは此方は処理させて頂きます」
「…うん、よろしく頼むよ」
「はい。それでは」
頭を下げたクルガンが踵を返し、扉を開く。
と、その背に投げ掛けられる呼び止めの声。
「そういえば…そのシードだけど、今日はまだ姿を見てないんだ」
扉に伸ばしかけた手を下ろしてクルガンが振り返り、机に座ったままのジョウイを見やる。
「今は私の部屋にいます。…此方に来させましょうか?」
「いや…左手と脇腹に怪我をしてなければいいんだ」
「さて、私は気付きませんでしたが」
まるで思い出すかのようにたっぷり一呼吸置いた後、ゆっくりとクルガンが首を振った。



自身の机の上に印の入った二枚の書類を置き、寝室へと続く扉を開ける。
ベッドの上の人物がこちらへ顔を向ける。
「起きたか、シード」
「あぁ、…ジョウイ様か?…昨日のことで?」
「似たようなものだ」
建前上は書類の処理についてだったが、まるで世間話のように切り出されたその後の内容こそが本題であったことは容易く知れる。
矢継ぎ早の問い掛けを流して脇の椅子へ腰を下ろし、体を起こすシードの裸の脇腹に目を向ける。
斬り裂かれていた切り傷は既に跡形もない。
「左手はどうだ?」
「ん…多少痛みはあるが…」
問われ、シードが自身の左手を広げて視線を落とした。そして何度か、拳を作っては開く。
その手をクルガンが横から取る。
「…傷痕はもうなさそうだな」
言いながらも、クルガンが流水の紋章を発動させた。
柔らかな水色の光がシードの左手を包み、痺れるような痛みを和らげていく。
「…何て仰られていたんだ?」
水色の光に包まれる己の左手に視線を落としたまま、ぽつりとシードが尋ねかける。
「賊は、黒髪のお前のような人間だそうだ」
同じく、自身が治療する相棒の左手に視線を落としながらクルガンが直球の返事を返した。
返された、思いもよらぬ言葉にぎょっとしたシードが顔を上げる。
「勿論、はっきりそう仰っておられたわけではないがな。お前だと見当をつけておられるのは確かだ」
「…万が一ばれたらどうすんだよ?」
恐る恐る問えば、左手を包み込んでいた水色の光がふっと消えた。
自然とそちらに目が向く。
「証拠がない。客観的な事実として、賊は第一に黒髪。第二に左手と脇腹に傷を負っている」
だからこそ、ここまで懇切丁寧に治療をしてくれるのだろう。
光の消えた左手を軽く握り込む。既に痛みもない。
「その事実を覆すか、それに匹敵するだけの証拠が必要ってことか」
「今のところはな」
クルガンの手が、ベッド脇のサイトボードへと伸ばされる。
引き出しを開け、中から取り出したのは皺が寄り、多少の血に汚れた数枚の書類。
「金庫の中にあったのはそれだけだ」
「あぁ」
結局この数枚の紙に何が書いてあるのか、シードは知らない。
特に知りたいとも思わない。
情報漏洩に関係のあることと言うのならば、きっとそうなのだろう。
ここから先はクルガンの仕事だ。
ざっとクルガンがそれに目を通すのを見ながら欠伸を漏らす。
夜明け前にこの部屋に戻ってきて、話やら治療やらをしてから一刻半。
流石にまだ眠気が取れない。
「後始末はお前の仕事だし…もうちょい寝る…」
欠伸を噛み殺せば、書面からクルガンが顔を上げた。
「まぁ、午前中くらいはよかろう」
「お前…これで今から執務をしろとか言ったら殴るぞ…」
じとりと睨み付けるも、眠気には勝てず。そのまま瞼を伏せる。
微かに髪をすかれるのを感じながら、シードはゆっくりと眠りへと落ちていった。

「暗殺」を題材に書いてみた作品。
戦場以外の場での殺人というのを書いてみたくなっただけ。
なんとなく、うちのシードは人を殺すこと自体にはあんまり躊躇いがない気がする。