Länder wegen Mordes

「……」
思い出せば思い出すほど腹が立ってきた。
気持ちを落ち着けるべく、腹の立つ同僚を蹴り飛ばして頭の中から追い払い、大きく深呼吸。
心を静めてから、そっと腰に手をやる。
触れるのは手に馴染んだ愛剣ではなく、一本の短剣。
やや心許ないが仕方ない。
流石に通常の剣を持ってくる気にはなれなかったのだ。
大体長剣は隠密に向かない。
不安は山のようにあるが、何にしてもやるしかないのが現実。
窓の明かりの数も先程に比べて少なくなった。
見張りの姿がないことを確認すると、しゃがみこんでいた枝から飛び下りた。
青々と生えた芝生と、軟らかな革の靴が着地音を消す。
屋敷までやや距離があるものの、人の姿がなければ苦労するほどのものでもなく。頭の中の配置図を確認し、裏口に回り込む。
やや無用心な気もするが、国有数の貴族とはいえ、一個人の家であればこんなものかと思い直す。
そうそう見張りがいるものでもないだろう。
そっとドアノブに手を掛ければ、それは簡単に開いた。
別に不思議なことでも何でもない。
情報漏洩がクルガンの知るところとなったのは、レバノ家に仕える者の密告。
シードはその人物を知らないが、元より倉庫へ続く裏口の鍵を開けておくということはクルガンを通じて聞いていたこと。
薄く開いた隙間から慎重に中の様子を探り、人の気配がないことを確認してから室内へと体を滑り込ませた。
外よりも一段と暗く、黴と埃の臭いが鼻につく。
あまり使われていないのだろう。
「…昔を思い出すな」
小さい頃はよく、探検などといってあちこち忍び込んだものだが…まさかこの歳になって、再び探検をする羽目になるとは思いもしなかった。
軽く頭を振って感慨を追いやり、思考を切り替える。
「さて…」
問題はここからだ。
深夜とはいえ窓の明かりからして、それなりに起きている者もいる。
結局のところ、人に見付からないように隠れながら進むしかないのだと。
日の高い内にその結論を出していたシードは暗い倉庫を抜け、回廊に出る扉に手を掛けた。

回廊の灯りは既に落ちている。それだけで断然動きやすくなる。
5人の部屋の位置は聞いている。
念のためにと、部屋の前に目印も用意をしてくれているはず。
顔の特徴も聞いている。
問題はないはずだ。
気配を消し、周囲に気を配りながら一番近くの部屋へ向かう。
本音を言えば、やはり躊躇いはある。
戦場にて人を殺すように割り切ることが出来ない。
だが、どのみち国に知れれば処刑になる。
手を下すのが己か処刑人か、それだけの違いでしかない。
そう自分を納得させ、一つの扉の前で足を止めた。
頭の中に叩き込んだ地図が正確ならば、この部屋に一人目がいるはず。
その場にしゃがみ込み、暗い中目を凝らせば、臙脂の絨毯の上に小指の爪程の小さな白い石が置かれている。
聞いていた目印。
僅かに目を細めると立ち上がってノブに手をかけ、音を立てぬように微かに押し開く。
灯りは漏れてこない。
果たして眠っているのか、部屋にはいないのか。
するりと猫のように扉の隙間から室内に入り込み、後ろ手に扉を閉める。
微かに聞こえてくる寝息に安堵し、ベッドの方へと歩み寄る。
やや丸めの輪郭に、右耳の下にある黒子。サイドボードの上に置かれた眼鏡。
聞いていた特徴と一致する。
「…ほんとに、胸糞の悪くなるような役目だな」
声になるかならぬか。
安らかな寝顔を見下ろしながら、微かに唇が動く。
元より、不意打ちや騙し打ちのようなことは好きではない。
それでも、とシードは唇をきつく結ぶ。
ハイランドのためを思うならば、野放しには出来ないのだ。
そう考えてから、国のためという大義名分さえあれば何でも出来てしまう己に、軽い吐き気を覚えた。
だが今それを言っても仕方ない。
覚悟を決めて腰の短剣に手を伸ばしかけ、やや眉を寄せる。
幾ら黒い服とはいえ、極力血を浴びることは避けたい。
一番簡単なのは喉を掻き切ることだが、血を浴びる可能性が高い。
腹部では即死というわけにはいかない。
長さがギリギリだが、やはり心臓を狙うのがベストか。
そう結論付けたシードはゆっくりと白刃を抜いた。
そして目を眇めて狙いを定める。