過去の傷跡

「アガレス陛下が、薨去なされたと伺いました」
城に戻ってきた、壮年の男が苦々しい顔で告げる。
事実を確認するだけの、面白くもない言葉。
内容そのものは、愉快この上ないが。
「あぁ。式の最中に突然倒れた」
手にした書類という名の紙切れを眺め、冷ややかに相槌を返す。
「ジョウイ殿も式の途中で倒れられたと伺いましたが」
「大方、疲れでも溜まっていたのだろう」
どちらも己の関与するところではないと。白々しくも言い放つ。
男の顔が青ざめる。
それは、事の真相を知っているということ。
口止めはしてあったはずだが…あの男の典医から聞き出しでもしたか。
切り捨ててくれようかとの考えが頭をよぎるが、すぐにどうでもいいことだと、冷めた思いで考える。
あの男が死んだのは事実。それをこの男が知ったのも事実。
どうせこの男は何も出来ない。今さら医師一人斬ったところで何も変わりはしない。
手にしていた紙を、机の上に投げ捨てる。
苦渋を飲むかのような顔が視界の端に映る。
「もう少し面白味のある事は言えぬか」
「何ということを…!ご自分の父君がお亡くなりになられ…っ」
「あれを俺の父などと呼ぶな。虫酸が走る」
漸く感情を表した言葉を、しかし最後まで聞くことなく切り捨てる。
所詮狗は狗。この程度の反応が精一杯か。
小さく鼻を鳴らし、立ち上がる。
椅子の背にかけてあったマントを手に取ると、背に聞こえる声を無視して部屋を出た。


マントを羽織り、門へ続く回廊を歩く。
城内はまるで喪に服しているかのように静かで、それがまた面白くない。
暫しの間、己のみの足音だけを聞く。
途中からは此方へ向かってくる足音が二つ増える。
気配と足音だけで、その人物を知る。否、そうでなくとも察することは出来るか。
果たして、回廊の角を曲がってきたのは想像通りの二人。
「片付いたか」
「とこどおりなく」
問いに答えたのは銀の男。赤の男は無言で頭を下げる。
王の死因は、表向きはあくまで病死。
同席していた臣の、斬殺死体があってはならない。
面倒で馬鹿らしいことだが、表向きの理由が重要だということは理解している。
だからこそ、兵に見付からぬように片付ける必要がある。
「皇女も随分と落ち着かれました」
「ふん…」
皇王と呼ばれていた男にすがり付いて泣いていた姿を思い出すも、すぐに消え失せる。
「それよりあの男はどうなった」
「ジョウイ殿ならば、命に別状はないようです。暫くは絶対安静とのことですが」
「生き延びたか…しぶとい男だ」
見た目以上に執念深いということか。
ブライト家を…ひいては、このハイランドを滅ぼそうという執念が。
それでこそ飼った甲斐があるというもの。
多少は面白いものが期待できるか。
そして視線は、目の前に立つ二人の男へと向かう。
少なくとも、表向きはどこまでも従順な二人へ。
だが決して従順なだけでないことは、赤の男の態度で知れる。
視線を避けるように顔は伏せられたまま、先ほどから口を開こうともしない。
男の横を通り過ぎざま、自然と口元に薄い笑みが浮かんだ。
「俺を失望させてくれるなよ?」
愚直なまでに強張る身体と、息の詰まる音。


「相変わらず素直な奴だ」
暫く歩いてから、呟く。
今、毒で倒れている男は二人をうまく手懐けたらしい。
軍の中ではそれなりに使える人間だったのだが。
これで第四軍は、完全に手を離れた。
第三軍も、既に死んだ皇王に忠誠を誓っていた連中だ。
捕えられたとの報告が入っていたが、こちらに戻ってくることはないだろう。
残るは自身が率いる第一軍と、皇家そのものに忠誠を誓っている第二軍。
しかし誰が何をしようと、関係のないこと。
「くくっ…」
喉の奥で低く笑いを零す。
あの日、母を見捨てた男は死んだ。
あとは母を凌辱した同盟を消し去るだけ。
「せいぜい俺を愉しませてみせろ」
それだけが、この身の渇きと憎悪を癒すことが出来るのだから。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第9週目お題「マチルダと竜の子・キバ戦」。
マチルダも竜の子もキバ将軍も出てこなくてごめんなさい。
いつかはカッコいい皇子やハーン様が書けるようになりたい。