選び取るもの

「見事なもんだな」
「あぁ」
新入りだということも、年の若ささえ忘れさせられる。
それほどに堂々とした態度。しっかり為される指揮取り。
思わず溢される感嘆の声と、返される相槌。
ただ、その相槌に、何とも面白くなさげな渋い響きが混ざる。
気付いたクルガンが、相槌を打った人物へと目を向けた。 「面白くなさそうだな?」
「別に」
言葉とは裏腹に、その表情はむすりとしている。いや、言葉からして、既にその心境を表しているか。
隊列する兵から少し離れた場所。
街の広場の脇に植えられた木に寄り掛かり、腕を組んだシードは広場の方へ目も向けない。
広場には兵の一団と、それを指揮する少年。
まだ新しい白い軍服も、随分馴染んできたらしい。
ジョウイ・アトレイド。
元はキャロに住まう貴族の長子。
一度は同盟につき、ミューズの市長を殺すことで、再びハイランドへ戻ってきた人物。
それがシードの気に食わない理由なのだろうことは、想像がついている。
どこまでも国に忠誠な彼としては…ハイランドを裏切ったことは理解出来ても、同盟を最悪の方法で裏切ったことが理解出来ないのだろう。
小さく嘆息したクルガンへ、軽く眉を動かしたシードが顔を向ける。
「心配しなくても、今更考えを変えはしないさ」
「別に心配しているわけではないのだがな」


前から薄々と感じていたこと。
ルカ・ブライトの破壊衝動は、最後にはハイランドへと向かう。
今はいい。外に向いている間は。
だがそれが内に向いたとき…ハイランドと言う国は確実に滅亡への道を辿るだろう。 「ハイランドをぶっ壊されるわけにはいかないからな」
ハーン将軍のように、皇家そのものに忠誠を誓っている者もいれば、キバ将軍のようにアガレス・ブライトという人物に忠誠を誓っている者もいる。
自分はと聞かれるとそのどちらでもなく、ハイランドという国そのものに忠誠を誓っているわけで。
ハイランドを守るために、他のものを裏切ることが必要なのだとすれば…。
考えを途中で無理やり放棄し、代わりに溜め息を一つ溢す。
それしかないと分かっていても、やはり気が重い。
何の躊躇いもなく、兵に指示を出す少年へ顔を向ける。
彼は何のために命を救ってくれた同盟を裏切り、大切な親友を裏切ったのか。
どうして躊躇なく、その同盟を攻め、親友を攻めることが出来るのか。
それが理解出来ない。彼が何を考え、何をしようとしているのかが見えない。
だから…あの少年は好きではない。
それが理解できれば、多少は好きになれるのかも知れないが。
「…あいつは希望だからな」
それは好き嫌いとは別の問題。
例え理解出来ずとも、彼に希望を感じたのは事実。
「ハイランドを壊されるわけにはいかねぇし」
先ほどと同じ言葉を繰り返す。
ならば今、取るべき道は一つしかない。
「後悔しても知らんぞ?」
「どうせ何もしなくても後悔するんだ。行動して後悔する方がまだマシだ」
小さく笑い、木から背を離す。
指示を受けた兵達が、それぞれの役目を果たすべく動き出す。
広場には少年一人が残っている。
しかしそれも束の間。すぐに踵を返し、森の方へと急ぎ足に向かって行った。
「さて、と。俺らも行くか」
「あぁ。…少し気になる者もいるしな」


「俺たちも一緒にいたが、怪しい奴なんて来なかったぜ。隊長さんよぉ」
「な…何をおっしゃいますか…」
「元の部下が自分の上官になったからといって、嫉妬のあまり嘘の報告を行うのは感心しませんがね」
「そうよ。俺らが証人だ」
戸惑いと憤りの混ざった表情で、その隊長…ラウドがが全員の顔を見比べる。
何か行動に出るだろうと考えていたが、やはりその通りになった。
ここまで突き放され、尚、主張を続けるほどの度胸はないだろうし、そこまで頭が鈍くもないだろう。
「くっ…」
案の定、怯みながらも、何かを悟った色がその顔に浮かんだ。
それを見てとったクルガンが僅かに目を細めた。
「それよりも、グリンヒルの騒ぎがまだおさまってないぞ。早く行ったらどうだ」
「くそっ…おい、行くぞ!」
口惜しげに舌打ちし、それでも反論することなく男が頭を下げた。
異を唱えようとした部下を黙らせ、広場の方へと歩いていく。
「二人とも…どうして…」
男の背中に向けていたシードの視線が、声を発した少年へと移る。
そして覚悟を決めたように、口を開いた。
「俺はねぇ、ハイランドって国が大好きなのさ。良い国だ」
ぽつりと呟いたシードを後押しするように、クルガンも言葉を発する。
「それを滅ぼさせるわけにはいきません。ルカ・ブライトのもたらすものは、ただ荒廃のみです…それは本意ではありません」
「戦い終わって、気付いてみればあたりは荒れ果てた大地じゃあ困るってことさ」
「ハイランド王国、第4軍団長ジョウイ・アトレイド様。我ら、あなたに忠誠を誓いましょう」
「あなたの望みは知っています。そのために、働かせて下さい」
言って、二人は片膝をつき、忠誠を誓う騎士のように頭を垂れた。
彼がハイランドの希望であるのだと…切ないまでに一途な願いを込めて。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第8週目お題「グリンヒルにて」。
シードとしては…ジョウイのことを認めてはいるんだけど。彼を信じて、国の未来を託したんだけど。何となく釈然としないというか…馬が合わない感じ。
そんなわけで、うちのシードはジョウイ様のことにあまり触れません。