犬も食わない?

(…何か眠れないな…)
寝返りを打ちながらも、そう思ったヒックスはベッドから体を起こした。
同盟軍の本拠地、オレンジ城。
こうしていると3年前のことを思い出してしまう。
最終的に大勝だったとはいえ、苦味をも残して終えた戦争。
やはり戦いは好きではないと…人を傷付けたくないと再認識させられた。
でもその一方で、戦わなければならないときもあるのだとも教えられた。
「テンガのためなら戦えるけど…」
国のためだの、民のためだの、そんなものは大きすぎて抱えきれない。
そんなもののために戦えない。
「やっぱりぼくは戦士失格なのかな…」
それでもいいと思う。
戦士の村に生まれついてしまったというだけで、戦士になりたいわけじゃない。
3年前の戦争のとき、とうとう戦士にならず、窓職人になった友達がいる。
彼のことを思うと羨ましくも思う。
「…難しいなぁ…」
ぽつりと呟いたヒックスは、夜風に当たるべく部屋を出た。


「あ、こんなところにいた」
屋上へと続く扉を開けたテンガアールは、フェンスに寄り掛かるようにして立っている少年を見つけ、駆け寄った。
突然声をかけられた少年ことリオウは驚いたように振り返った。
「ぇ…?あ…っと…テンガアールさん?」
「さっきから君を探してたんだ、リオウ君」
にこっと笑ったテンガアールはリオウの隣に立った。
そして気持ち良さそうに伸びをしてからリオウを振り返った。
「今日のこと、お礼を言おうと思ってね」
「お礼?」
「ユニコーンの試練に付き合ってくれたことだよ。あれ、演技だって気付いてたんだよね?」
「あぁ…あれ…うん…まぁ…」
言葉を濁すリオウを気にせず、フェンスに背を預けた。
「君がいてくれて助かったよ。ヒックスだけじゃ、途方に暮れて何も出来なかったかも知れないし」
「…そうかなぁ…?」
疑っていた自分を、文字通り引きずるように動いていたような記憶がある。
首を捻りながらの呟きはテンガアールの耳には届かなかったらしい。

キィ。

微かな金属音が聞こえた気がして、リオウが周囲を見回す。
しかし何も変わったところは見つけられない。
不思議そうなリオウを全く意に介することなく、テンガアールが言葉を続ける。
「ねぇリオウ君。何とかヒックスを戦士らしくしてやってくれない?」
「え」
反射的に問い返す。何だかとんでもない言葉を聞いた気がする。
というより、そういうのは同じ戦士の村出身のフリックに頼めばいいんじゃないだろうか。
そんなリオウの心を読んだかのように、テンガアールは腰に手を当てた。
「フリックさんに頼んだら、俺はそういうのは苦手だからって断られちゃうし」
どうやら既に頼んだ後だったらしい。
「ぼ、ぼくもそういうのはちょっと…。大体、人に何かを教えられるほど…」
押し付けられては大変だとばかりに、どもりながら、消極的に呟いてみる。
するとその様子を見ていたテンガアールが小さく笑い出した。
「ここに置いてくれるだけでいいよ。それだけでも、ヒックスにはいい刺激になると思うから」
「あ…それくらいなら…」
ほっとして胸を撫で下ろすと、やはりテンガアールが小さく笑う。
「彼も弱い訳じゃないんだけど…。優しすぎるのは彼のいいところで、欠点だね」
「優しいだけじゃ…駄目なんですよね」
それはこの一ヶ月程の間に学んだこと。
優しいだけでは、どうにもならないことが幾つもある。
「彼もそれは分かってると思うんだけどね。だって、この前も…」


開いたままになっていた扉を閉じることをせず、一歩、二歩と戻り…階段に座り込んだ。
時折吹き込んでくる風が、楽しそうな二人の話し声を伝えてくる。
内容までは聞き取れないが、辛うじて己の名前を聞き取ることだけは出来た。
「ど、どうしよう…。このままじゃ僕…テンガに嫌われるかも…」
何を話しているかは分からない。でも、自分の話をしているに違いない。
もしかして既に嫌われたのだろうか。
いや、でも今日、ユニコーンの試練を終えたとき、あんなに喜んでくれたじゃないか。
頭の中がぐるぐるする。
「あれ。ヒックス?こんなところで何をしてるの?」
「うわっ!?テ…テンガアール…!?え、えぇと…ちょっと考え事を…」
随分長い間、悩み続けていたらしい。
いつの間にか、背後にはテンガアールとリオウの二人が不思議そうな顔で立っていた。
きょとりとした二人を見ながら慌てて立ち上がる。
「考え事?こんなとこにいちゃ、風邪を引くじゃないか」
たじたじなヒックスの腕を、少し怒ったようなテンガアールがぐいっと引き寄せる。
「えっ、あ、あの…テンガアール…?」
「ほら、部屋に帰るよ。部屋でも考え事は出来るでしょ?」
「う、うん…」
押し切られるように頷いたヒックスが、そのまま階段を引きずるように連れて行かれた。
あとにぽつんと残されたのは、リオウ一人。
「…えーと…」
何が何だか分からずに立ち尽くしていたリオウだったが、やがて何かに気付いたように手を叩いた。
「夫婦喧嘩は犬も食わない」
誰も同意を示してくれる人がいないまま、それでもリオウは満足そうに微笑んで階段を下りて行った。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第7週目お題「トゥーリバーにて」。
ヒックスは戦い嫌いなのがいいのよなぁ。でもきっと、フリックのことは尊敬してるんだろうなぁ、とか。思ってみたり。
クールビューティーなおねーさんが好きだけど、ナナミとかテンガみたいに元気いっぱいな女の子も大好きです。