最期の時に…

軍靴の音が硬質な音を響かせる。
辿り着いたのは一つの扉の前。
手にしていた鍵の束を持ち上げ、その中から目の前の扉に合うものを選び鍵穴へ差し込む。
解錠された扉を開けると、想像していたものよりずっと綺麗なその部屋の中央に…その人物がいた。
「シード?何でこんなところにいる?処分を受けるぞ」
「見張りの兵には口止めしてますって」
驚いたような上官…否、元上官の言葉にシードが笑い、本来見張りの兵が持つべき鍵の束を軽く持ち上げた。
それを見たソロンが苦く笑う。
「全く…今日の見張りは災難だな」

元々、身分ある人物を幽閉する部屋。
他の牢とは違い、それなりに質の高い家具が置かれている。
それらを物珍しげに見回してから、椅子に座る人物へと視線を戻した。
「それにしても…牢とは思えない部屋ですね」
「父と兄の計らいだそうだ。…どうせ明朝には処刑されるのだがな」
夜明けまでは、僅か数刻。窓のない部屋をもう一度見回す。
室内の装飾は柔らか。処刑を迎える人物には残酷なほどに。
「で、結局お前は何をしにきたんだ?」
「いや、何ってほどの理由はないんですがね」
来た理由を問われ、シードが顔を向けぬまま、自身の髪を掻き乱した。
「…俺、団長のこと別に好きってわけじゃないですが…嫌いでもないかなぁ、と」
視線を合わさぬまま、ぼそぼそと歯切れ悪く呟かれた言葉。
黙って続きを待つも、再び口を開く様子はない。
奇妙な沈黙を暫く保ったあと、次に口を開いたのはソロンだった。
「…それだけか?」
「それだけです」
それだけを言いに来たのだと。
きっぱり言い切られて目を丸くしたソロンが、思わずと苦笑を溢した。
「相変わらず、訳の分からない奴だ」
「そんなことはないでしょう?…っと、そろそろ兵の交代の時間みたいですね」
今頃、中に通してしまった兵がそわそわとしているだろう。
軍規違反をさせた張本人であるシードが、ふと気付いたように呟いた。
見張りが交代する前に牢を出なければならない。
いつの間にか壁に寄り掛かっていた背を離し、かつての上官に笑いかける。
「じゃあ俺は戻りますね」
「あぁ。…お前はこんなときでも変わらないんだな」
「湿っぽいのは柄じゃないですし。団長だって、その方が気が楽でしょう?」
「…まぁ、そうだな」
同意を得たシードはもう一度笑い、扉に手をかける。
「それでは失礼します」
「シード。…その…ありがとう、な」
扉が閉まる直前届いた言葉に、閉まりかけた隙間からひらひらと手を振って返す。
鍵のかかる音。

「たった今、ソロン殿の処刑が済んだ」
「へぇー」
部屋に入ってくるなり為された報告に、剣の手入れをするシードが気のない返事を返す。
その反応に、クルガンが意外そうに眉を動かす。
「案外冷静だな?」
「意外か?」
手入れをする剣から目を離しもしない相棒を眺めていたクルガンが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば…昨晩はどこにいた?」
「あ?」
突然の問いかけに、漸くシードが顔を上げ、来訪者へ目を向けた。
「…酒を飲みに行ってた」
「その前だ。お前が牢に入っていく姿を見たと言う者がいるのでな」
「…お前は俺に見張りでもつけてるのか?」
それとも最近流行りのストーカーなのかと。
嫌そうに眉を潜めたシードは、しかし一つ溜め息を落として、剣を鞘へ納めた。
「処刑を中止させることなんざ出来ないしな。ならせめて…気くらい紛らわせに行こうかなと思ってな」
「気を紛らわせに、な。それはソロン殿のか?それともお前のか?」
「さぁ?」
おどけるように肩を竦める仕草。
はぐらかしているのか、それとも本当に自身でも分からないのか。
ゆっくり瞼を伏せたシードは、かつての上官の最期の言葉を思い出しながら、口元に微かな笑みを浮かべた。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第6週目のお題「ラダトから本拠地まで」。その2。
実際ソロン様は幽閉されてる余裕もなかっただろうけど。あの天幕を出て、そのまま処刑されたんじゃないかなー…と。
2作投稿したのは…シュウもあのシーンで書きたかったし、でもソロン様の処刑は外せないし…という葛藤の結果。