いい人?悪い人?変わった人?

「わたし、あのシュウって人嫌い。ねぇアップルちゃん。ほんとにあの人信用出来るの?」
「ナ、ナナミっ」
歯に衣着せぬ言葉に、慌てて姉の名を呼ぶ。
問われたアップルが苦笑する
。 「ナナミさんがそう思うのも無理はないわ。でもシュウ兄さんの軍師としての才は…」
「だから軍師とかじゃなくて、あんな一生懸命なアップルちゃんを騙すような人…」
「ナナミ!言い過ぎだよ!」
ナナミの気持ちも分かるし、確かに酷い人だとも思う。
でもそれを、彼を信じているアップルに言うのはあまりいいこととは思えない。
それを何と伝えようかと眉を潜め…聞こえてきた声に驚いて振り返った。
「また嫌われたものだな」
「あ…シュウさん…」
シュウの姿を認めたナナミはリオウの背後に隠れ、角を曲がってきたシュウを指差す。
「リオウ、何かあったらやっちゃっていいからね!」
「い、いいわけないよ!」
本人を目の前にしてのとんでもない発言に、己の肩越しに顔を覗かせるナナミを見る。
「リオウ殿、少しよろしいですか?」
しかし当の本人は、それを全く気にすることなくリオウを見据えた。
ナナミに困惑の眼差しを向けていたリオウは、突然名を呼ばれて目を丸くする。
「え、ぼく…ですか?」
「はい、そうです」
念のためと確認すると、丁寧な返事が返ってきた。
「時間がある時で結構ですので」
「あ、はい…」
淡々とした口調につられるように頷くと、それを確認したシュウが踵を返す。
「あの、シュウ兄さん」
「何だ、アップル」
呼び止められたシュウが足を止め、妹弟子に目を向ける。
顔を合わせたアップルは、ぎゅっと唇を結んで頭を下げた。
「どうか…よろしくお願いします」
「アップルちゃん…」
目を細め、少しの間下げられた頭を見ていたシュウが正面を向き直った。
「約束は約束だ。相手がハイランドであろうと勝たせてやる」

促されるまま、テーブルを挟んで向かいの椅子に座ったリオウはまず謝った。
「遅くなってすみません。もう少し早く来るつもりだったんですけど…」
「ナナミ殿でしょう」
図星をつかれ、思わず言葉を濁す。
行こうとすると引き留められ、納得させるのに時間がかかったのだ。
しかしシュウは変わらぬ態度で緩く首を振った。
「別に構いません。…そのことをリオウ殿には、肝に銘じておいてもらおうと思い、呼んだのですから」
「そのこと?」
それが何を指すのか分からず、繰り返す。
シュウが軽く頷く。
「はい。昨日のコインのことは貴方もご存知でしょう」
「…はい…」
ナナミがあれほどまでに嫌う理由。
あの時、探すべきコインは川の中に存在しなかった。
土下座までしたアップルに、望みを与えたかのように振る舞い、しかしそれは実際は叶うはずのない…。
結局何故かコインは見付かったものの、彼がアップルに一欠片の望みも与えなかったのは事実。
思わず黙り込み、視線を落としてしまったリオウをシュウが真っ直ぐ見る。
「私は目的を果たすためならば、手段は選びません。その時に一番効果的であればそれでいい」
リオウがゆっくり顔を上げる。
シュウは目を逸らさない。
「非難するのは構いません。しかし疑うのであれば、今のうちに別の軍師を探すことをお勧めします」
「それは…」
「私の策を貴方が信じられなければ、当然兵達も信じるはずがない。
そのような策が、軍師が必要だと思いますか?」
毅然と語られる内容に、リオウは正面に座る人物をじっと見つめる。
確かに、信じることの出来ない軍師などはいても仕方がない。
それはお互いにとって不幸なだけだ。勝てるものも勝てなくなってしまう。
その点については正論だと思う。
では…正しいことであれば、果たして何をしてもいいのだろうか。
決してそんなわけはないと思う。
彼の言うことは間違ってはいない。だが、正しいとも思えない。
それを指摘する言葉を見付けられず、リオウは目を伏せた。

ドアノブに手をかけたリオウが、不意に室内に残るシュウを振り返った。
目のあったシュウが怪訝そうに見返す。
「どうかしましたか?」
「いえ…シュウさんっていい人だなと思いまして」
「は?」
小さく笑いながらの言葉。シュウがますます怪訝に…いっそ不快そうに眉根を寄せた。
予想だにしていなかった言葉なのだろう。
その反応に思わず笑いが漏れる。
「悪い人なら、わざわざそんな話をしたりはしないと思いますよ」
「…私は悪人ではないと思いますが」
「だから悪い人じゃないって言ってるじゃないですか」
嫌そうにむすっとしたままの言葉に、笑いながら返事を返す。
今まで周りにいないタイプだが、決して信じられない人と言うわけではない。
それが分かっただけで充分だ。
幾らアップルの言があったとはいえ、先の一件で信じかねていたのも事実。
でもこれで不信はなくなった。
「…あなたはどうも変わった方のようですね」
「そうですか?」
どこか呆れたような、溜め息混じりの声。
放たれた言葉に首を傾げる。
お互いに、身の回りでは初めてのタイプなのかも知れない。
「じゃあ僕は部屋に戻りますね。おやすみなさい」
軽く頭を下げたリオウは、微笑んだまま部屋を出た。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第6週目のお題「ラダトから本拠地まで」。
シュウと2主はこんなイメージ。全然違う人種だから…何かと互いに、不思議に思うことも多かったんじゃないかと。
しかしシュウって…性格も男前だ。こういう軍師系キャラは、でもやっぱり色々と…偏ってる気もする。