災難

「いててて…全くとんだ災難だぜ」
痛む右腕を押さえながら、服を隠した草むらに身を潜める。
まだ安心は出来ない。そう思ってはいても、やはり多少は気が抜けた。
今日はどうもついていないようだ。
昼は昼で、破壊兵器のように恐ろしいシチューを食べて倒れることになり。
夜は夜で、さっさと退散し損ねた挙げ句、あの悪名高き狂皇子に鉢合わせ。
これはもう不運で済ませられるレベルではない。不幸そのものだ。
「獣の紋章より、あの皇子さんの方がよっぽど危険じゃないのか?」
狂皇子などと呼ばれているが、どうもそれは性格に限ったことらしい。
頭の方も随分と切れるようだ。
頭はいいし、個人の戦闘能力も高い。おまけに世界でも屈指の強さを誇る軍の指揮を一手に握り。
これが正しい方向に向かえば問題はないが…。
「…最悪だな」
果たしてあの暴走を止めることなど出来るのだろうか。
ハルモニアがその気になれば、止めることも出来るだろうが、俺には関係のないことだ。
確かにハルモニアが滅んでしまうと流石に困るわけだが…ほら、給料とか。


さっさとハイランドの軍服を脱ぎ、先ほどまでのことを思い返す。
駐屯地にやってきた二人のスパイ。
ミューズ市長を殺せと渡された短剣を、自分の戒めにと持ち帰った少年が気にかかる。
「随分思い詰めた顔をしていたが…まさか、な」
ミューズも警備を厳重にしているというのは、風の噂で聞いた。
銃ならともかく、近付く必要のある短剣での殺害は難しいだろう。そもそも近付けるかどうか…。
仮にミューズのスパイだったとしても、市長であるアナベルと顔を合わせることもないだろう。
「…あんまり、この戦争に深入りしたくないんだがな」
既にしてしまった気がしないでもない。
そして肝心の、獣の紋章に関する情報は手に入らぬまま。
それどころか、あのルカ・ブライトに顔を覚えられてしまった。
どの点を取ってみても、マイナス要素しか見当たらない。
「あぁ、このままじゃまた減給されちまう…」
がっくり肩を落としながら、それでも素早く服を着替える。
この場に長く留まるのは不味い。
二人の少年スパイと、自分自身の潜入。次から警備は厳重になるはずだ。
いや、今からと言った方が正しいか。
何にしても、千載一遇のチャンスを逃してしまった。
一度退いて、次の行動を考える必要がある。
「とはいえ、まさか城に忍び込むわけにもいかないしなぁ」
そこまで命知らずにはなれない。
いったいどうしたものか。
とりあえず、平穏無事に任務が終わってくれれば文句はないのだが…。


その願いも虚しく二人の将軍に命を狙われ、影から戦争に関わってしまうのは、もう少し後のこと。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第4週目の「帰還、コロネ」。
本来、この前の作品と順番は逆にするはずだった…んだけど、間違えたんだから仕方ない。。
ナナミシチューを食べたのと、皇子に殺されかけたのは実は同日な件について。