さほど大きくもない砦。いや、一傭兵のものだと思えば、規模は大きいか。
造りこそしっかりしているものの、所詮は木で作られたもの。
火でも射掛けてしまえば、燃え落ちるのは時間の問題だろう。
だが、その程度の砦に近付くことすら出来ない。
理由は己に向けられた穂先。
「ちっ…!」
隙をつき、脇から回り込んだが、まだ遠い。
苛立たしげに舌を鳴らして手綱を引き、馬首を翻した。一瞬の後、その場所を炎が舐めていく。
「ったく…何なんだ、あの槍は」
「火炎槍だ」
「火炎槍?」
独り言に対して返された言葉。声のした方へ顔を向けると、そこにいつのまにか銀の男がいた。
冷たい青灰の瞳はシードの向こう、敵兵の持つ槍へと注がれている。
「確かドワーフの持つ兵器の一つだったと記憶しているが」
耳慣れぬ言葉を繰り返すと、視線はそれへと留めたままクルガンが呟く。
それを受け、シードもその槍へと目を向けた。
何本か確認出来るその槍の先端からは、驚くほど強い火が吹き出している。
元々槍はリーチの長い武器だ。そこにあれだけの炎まで加われば、正直剣一本ではどうにもらない。
「矢は?」
「弓を使ったとて、砦には届かん。少なくとも、あと300は必要だ」
「300も近寄れるなら、矢を使うまでもなく俺が乗り込む」
ざっと砦までの距離を測る。何度見ても、強行突破出来る距離ではない。
紋章の炎であれば、身に宿す流水の紋章で消すことが出来る。
だが純粋な火であれば、紋章は役には立たない。
戦場を一望してみるも、突破出来そうな様子はない。
「大体、なんで傭兵がドワーフの兵器なんざ持ってんだよ」
どうにもならぬ戦況に、幾つもの策を考えながら苛立たしく吐き捨てる。
その言葉に、漸くクルガンの顔がシードに向いた。
「そういえば先ほど報告があった。あそこにいる傭兵隊の隊長は、フリックとビクトールというらしい」
「あ?」
突如言い出された報告に怪訝な声が漏れる。
それが一体どうしたと言わんばかりのシードが、しかし何かに引っ掛かったように首を捻った。
フリックとビクトール。どこかで聞いたことのある名だ。
「赤月の解放軍の上部に名を連ねていた。あの戦争の時に火炎槍が使われている」
「…あぁ…あれにはドワーフも参戦してたか」
答えを聞き、納得がいったとばかりに小さく頷いた。
3年前のことだ。まだ記憶に新しい。
そうでなくとも、あれほどの規模の革命はそうそう記憶から薄れるものではない。
「あの戦争に加担してた傭兵…ね。それは是非手合わせを願いたいな」
「加担していたと言うより、レジスタンスの初期メンバーだ」
興味を持ったように呟くシードとは対照的に、冷めた声でクルガンが訂正を入れる。
再びやる気を出し、戦場を眺めながら斬り込む方法を考え始めたシードを尻目に、クルガンは空を仰ぎ見た。
相棒は随分やる気になったらしいが…
「時間切れだな」
太陽の位置がかなりずれている。風も変わってきた。
駆けてきた伝令の声が周囲に響き渡る。
「退却だっ?何でだよっ!?」
信じられないとばかりに怒鳴る姿に溜め息を吐き、哀れな伝令兵を解放してやる。
「仕方あるまい。時間がかかりすぎだ」
「時間って…」
「ルカ様が此方に向かわれている。恐らく合流するつもりなのだろう」
言われて漸く、そのような報告が入っていたことを思い出す。確かにそろそろ此方に着く頃合いか。
理解は出来た。が、だからといって納得出来るものでもない。
「お前の策に従ってりゃ、今頃は綺麗さっぱり片付いてだろうによ」
伝令兵と入れ替わりのようにしてやって来た副官に退却の旨を知らせる。
兵に撤収の準備をさせながら、愚痴るようにシードが小さく呟いた。
喧騒の中、その呟きを聞き咎めたクルガンが僅かに眉を動かした。
「さて…。俺の策でも通じたかどうか。火炎槍など、想定の範囲外だからな」
微かに眉を動かすだけの表情は、しかし長く相棒をやっているシードにはどこかおどけたものに映る。
「…それを差し引いても、壊滅させられるだけの策を思い付いてるだろ」
「まぁ、ないとは言わんがな」
幾ら時間を稼ぐだけの籠城戦とはいえ、策に疎いシードから見ても火炎槍に頼りすぎな印象を受ける。
策としては、決して間違っているとは思わない。
間違っているのは、相手側の此方に対する認識。
頼るのが火炎槍だけだと言うのならば、力で捩じ伏せることが出来る。それだけの戦力の差がある。
尤も言ったところで、実際は此方が退却してしまってるのだから、負け犬の遠吠えになるのだろうが。
「向こうの軍師は、どうも戦争慣れしていないようだな」
「というよりは、策を立て慣れてないのだろう」
それを戦争慣れした傭兵がカバーしているといったところか。どうもそのような感じがする。
「…まぁいい。とりあえず退却なんだな」
撤退の準備が出来たらしい部隊を見て、漸く諦めがついたように、シードが溢した。
「続きはルカ様と合流してからか」
彼もシードと同じ、否、それ以上に好戦的だ。
こうなってしまった以上こんな小さな砦一つ、シードの出番などないだろう。
「仕方ねぇ。のんびりと殿で撤退するか」
「追ってくることはないだろうがな」
「まぁな」
彼らの目的は時間稼ぎ。引き上げる敵を追いかける必要はない。
不完全燃焼に終わった退屈さに欠伸を漏らしたシードは、自軍に撤退命令を言い放った。
「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第2週目の「ピリカの家、紋章の継承」。
紋章の火や水をどういう風に捉えるべきか、未だに悩み中。
とりあえずシードはその気になれば、火の中にでも突っ込んでいくと信じてる。