平和な日常

のどかな昼下がり。
窓から差し込んでくる暖かな陽光に眠気を誘われ、大きな欠伸が漏れる。
「暇だな…どっかで反乱でもないもんかな」
シードの口から零れた物騒な本心に、その正面に座っていたクルガンが書面から僅かに視線を上げた。
「下らないことを言うな。暇ならキメラの討伐にでも行って来い」
言葉とともに寄こされたのは、彼が見ていた一枚の書類。
受け取って目を通せば、最近サジャの村の付近でキメラが数多く出現しているとの旨を記した報告書。
そういえば、そんな報告を受けたような気もする。
己に当てられたこの報告書は、きっと自身の執務室の机の上の書類の山に埋もれているのだろうが。
「増えると厄介だしな…被害が出る前には何とかしねぇと」
読むに、どうやらまだ被害らしい被害は出ていないようだ。
明日にでも隊を組み、すぐに討伐に向かった方がいいだろう。
そんなことを考えるシードの手に、珍しく本が乗っていることに漸くクルガンが気付いた。
「しかしお前が本を読むとは珍しいな。槍でも降るのではないか?」
「せめて雨か雪くらいにしとけよ、そこは」
相棒の失礼な言葉にシードがじろりと睨みつける。
それから本の最初のページを開いて、クルガンの方へと向けた。
「『最初に”やみ”があった』」
本をクルガンに向けたまま、シードはそこに書かれた最初の一文を諳んじた。
それは子どもでも知っている、創世の物語。
クルガンが僅かに目を細めた。


「『最初に”やみ”があった』」
この本は知っている。確か紋章に関する本だ。
確かに一般の書物よりはシードの気を惹く内容ではあるが、わざわざ資料室に籠ってまで読むとは思えない。
やはり明日は槍が降るのだろうか。
仕事のために来た己より先に、この資料室で本を読んでいたシードの真意が掴めない。
読み上げられた創世の物語の一節を聞きながら感じたその怪訝さに、クルガンが僅かに目を細めた。
それに気付いたらしいシードがぱらぱらとページをめくる。
「ふと…ハーン様が昔、この剣を宿してたってのを思い出してな」
全ての始まりである、始まりの紋章。その片割れである、黒き剣の紋章。
確かにそれは、かつてハーン・カニンガムその人が宿していたもの。
今は既に彼の手にはなく、ハイランドのどこかに封印してあると聞く。
「これも真の紋章だろ?こいつの力があれば…全てを守れるんじゃないかと思ってな」
真の紋章のほとんどは、その行方が知れない。
だがこの、剣と盾に分かれた始まりの紋章は、少なくともハイランド国内にあると知れている。
それで調べていたのだと。告げる相棒に、思わずと溜息が零れる。
「またお前は下らぬことを…。大体、真の紋章は持ち主を選ぶと聞くぞ」
「そんなこと、やってみなきゃ分からねぇだろ?」
この自信は一体どこから来るものか。時々、この頭の中を覗いてみたい衝動に駆られる時がある。
その衝動をぐっと押し殺して、クルガンは代わりの言葉を口にする。
「真の紋章は、どれもがその持ち主を不幸にするらしいことを知ってるか?」
ずきずきと痛みだすこめかみを押さえながら問うと、シードは屈託なく笑った。
「俺が不幸になるくらいで何もかもが守れるなら、それでいいじゃねぇか」


「真の紋章は、どれもがその持ち主を不幸にするらしいことを知ってるか?」
そういえば、そういう伝承も聞いたことがある。
正確には呪われた紋章が多いことと、その強大な力ゆえに争いに巻き込まれやすいのが原因だったか。
なら何の問題もないではないか。
シードはおかしそうに笑いかける。
「俺が不幸になるくらいで何もかもが守れるなら、それでいいじゃねぇか」
自己犠牲の精神だとか、そういうつもりは毛頭ない。
だが己にとって最大の不幸は、この国を守り切れぬこと。それ以上の不幸はない。
ならば、国を守れるのならば多少の不幸など何の問題にもならないではないか。
争いに巻き込まれるとしても、それは戦い好きなシードとしては寧ろ望むところである。
そう思っての返答だったのだが、それはどうやらクルガンにとっては意外なものであったらしい。
鉄面皮と密かに評しているその顔に、珍しく驚嘆の色が浮かんでいる。
「…そんなに変なこと言ったか、俺?」
自らの発言を頭の中で反芻しつつ小さく問いかければ、クルガンがゆるりと首を振った。
「全くお前という奴は…」
呆れとはどこか異なるその言葉に、よく分らないままシードが首を捻る。
それが一種の尊敬に値するものだとは気付く由もない。
首を捻ったままのシードの持つ本を手にしたクルガンは、ぱたんとそれを閉じた。
そしていつもと変わらぬ調子で言い放つ。
「そんな夢物語を語る前に、部屋で山積みになっている書類を片付けてこい」
「い、いや…それは…」
ぎくりと肩を跳ねさせたシードに、相棒が向ける視線は冷たい。
「期限は明後日ということを覚えているだろうな?今度は手伝わんぞ」
「わ、分かってるって。ちゃんと明後日までには仕上げるさ」
多分、と小声での付け足しに、クルガンが再び溜息を落とした。


ユニコーン少年部隊が壊滅する数日前の光景。
それはいつもと変わらぬ、平和な日常。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第15週目お題「フリータイム・自由投稿」。
「その強さがあれば、全てを守れると思った」。この言葉を全キャラにあてはめたくて仕方ない。
悩んだ挙句、時間軸はやや過去。ゲーム開始時の数日前。最後の締めはこの二人かなと。