夜よりもまだ暗い黒が蠢く。
ぬるりと蠢いたそれは立ち上がり、徐々に人の形を取り始めた。
全身を覆う、闇色の甲冑。その顔は兜で隠れていて見えない。ただ、長い金の髪だけがそこから覗いている。
人の形をしたそれが姿を現し…何かに気付いたように首を横に捻った。
その視線の先には、赤い髪をした一人の男。
「なんだ、将軍。出迎えか?」
「勝手な行動は禁じられていたはずだが?」
異形のふざけた言葉を無視し、傍の木に寄りかかるシードが逆に問い返した。
あの少年は敵軍のリーダーとは言え、ハイランドの王であるジョウイ・ブライトの親友でもある。
そのせいなのかどうなのか、一度ルシアが彼の暗殺騒ぎを起こして以来、彼らへの勝手な手出しは禁止されている。
シードとしても、何とももどかしい話ではあるのだが。
「貴様ら人間の決めたことなど知らぬな」
シードの問いかけに、人にあらざる男が事もなく言ってのけた。
次の瞬間。
重厚な鎧の隙間から僅かに覗く、その喉元に切っ先が突きつけられた。
男はそれを一顧だにせず、剣を突き付けながら睨めつける将軍へ顔を向けた。
その唇が禍々しい嗤笑を浮かべる。
「く…くははははは!あまり意味のないことをするな、将軍」
「…あのレオン・シルバーバーグの連れてきた奴だからと今まで黙ってたが…やっぱりてめぇは信用出来ねぇな」
「ならばどうする」
いつの間にか、黒騎士の手には一振りの大剣が握られている。
それは明らかな敵対表示。
「ここでお前が死んで、困る奴は誰もいないってことだ」
言葉と同時に、銀に煌めく刃が黒騎士の喉元を薙いだ。
距離といい、スピードといい、決して避けられぬはずの一撃。
しかし肉を裂く感覚は手に伝わらない。
何故なら、狙っていたはずの男の体は既にシードの間合いの外。
その首筋には掠り傷一つない。
人間には決して真似できぬその芸当にシードが片眉を動かし、しかしすぐに地を蹴って斜めに斬りかかる。
金属の噛み合う鈍い音と共に、大剣によってそれが受け止められた。
「このような生ぬるい太刀筋で俺を殺せるとでも思っているのか?」
シードの体重が乗った一撃を片手で軽々と受け止めつつ、異形の男がどこか愉しげな笑みを浮かべる。
「…ちっ…」
殺気が碌に籠っていないことを見透かされたシードが目を細め、忌々しげに舌打ちした。
人ではないこの男が信用できないのは事実。今のうちに始末しておいた方がいいと思うのも事実。
だがシード自身、リオウに手を出すなという命令に納得が出来ていない。
彼さえいなくなれば戦争はハイランドの勝利に終わる。これ以上、人が死ぬこともない。
このところ、負けが続いているという焦りもある。
早く同盟軍を…リオウを止めなければ、待っているのはハイランドという国の滅亡だけだ。
その焦りが、ますます主君であるジョウイの命令への不信へと変えていく。
鍔迫り合いになったまま動きを止めてしまったシードの胸の内を見透かすかのように、異形の男は笑みを象る唇から毒を滴らせる。
「貴様に俺を止める理由があるのか?紋章を宿すあのガキが死ぬ方が、貴様にとって都合がよいのだろう?」
「俺、は…そんなこと…」
「少し目を瞑るだけで、貴様の望む未来が手に入るのではないか?」
動揺を表わすようにシードの握る剣が僅かにぶれる。
意志の強い赤の瞳に迷いがあるのを見て取った男が更に口を開きかけた時。
二人の耳に足音が届いた。
「そこまでにしておけ」
低く落ち着いた声。
それはシードにとって馴染みのある人物のもの。
「シード、剣を引け」
冷やかな青灰の瞳が、鍔迫り合いを続ける二人を交互に見やり、相棒であるシードで止まった。
感情の見えぬ眼差しに射竦められたシードはバツが悪そうに眉を顰め、ゆっくりと肩から力を抜いた。
おとなしく剣を収める姿を確認してから、クルガンが黒騎士へと視線を移す。
「そちらも引いていただきたい」
「フン…」
興が覚めたとばかりに鼻を鳴らした男は、大剣を持つ手を下ろした。
その手からは、いつの間にか剣が消えている。
足元の影が闇となり、男の体を覆っていく。
姿を現したときとは逆に、男の姿は少しずつ闇へと溶けていき…やがて跡形もなく消えた。
姿だけでなく、気配をも消えたことを確認したクルガンが、その場に一人残されたシードの方へと歩み寄る。
シードはまるで、悪戯が見つかった子供のように顔を合わせようとはしない。
「シード。あれの言葉に耳を貸すな」
「…分かってる」
「分かってる者の態度には見えなかったがな」
どこから話を聞いていたものか知らないが、図星をつかれたシードは苦々しく顔を歪める。
そのまま口を開こうとしない相棒にクルガンは嘆息し、異形の立っていた場所へと目を向けた。
「レオン殿も厄介な者を連れて来てくれたものだ」
シードとは相性が悪そうだ、と。その一言は口にすることなく、胸中で呟くに止める。
代わりに口にするのは、シードの主君に対する不信を和らげる言葉。
「既に事は、リオウ殿一人をどうこうすれば収まる範疇を超えている。彼を狙うメリットよりも、それに伴う危険の方が大きい」
果たして彼が、その言葉をどこまで受け入れたかは怪しい。
だが、それでも一応シードは小さく頷いた。
「…あぁ…そうだな…」
不信を覚えつつも、国のためにも彼を信じたい。
それに揺れているのであろう心を掻き混ぜて行った男。
何とも厄介なその存在に、クルガンはただ無言でシードの髪をくしゃりと撫でた。
「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第13週目お題「グリンヒル奪回・ミューズ市攻防」。
うちの湯葉はシードにちょっかい出すのが好き。
多分湯葉はシードをいい玩具だと思ってる。多分シードは湯葉を結構本気で嫌ってる。
なのに何だかんだで微妙な距離感なのは、きっとシードの適当な性格のせい。