望むことは…

「ほんとに一人で大丈夫か?」
「向こうも馬鹿ではない。手を出してくることはなかろう」
「そりゃそうかも知れないが…」
同盟軍へ和平の使者を送る。但し、その使者はクルガン一人。
適当な人選だとは分かっている。
シード自身、少なくとも己が適役でないことは承知している。
だからせめて護衛として共に行きたいと申し出たのだが、その意見はすげなく却下された。
猛将と称されるシードを連れていったのでは、相手に余計な疑念を抱かせてしまう。
分かっているだけに、今ばかりはこの二つ名が呪わしい。
「しかしお前が心配という言葉を知っていたとは意外だな」
「あァ?」
それはどういう意味なのかと。
怪訝な眼差しを向ければ、相手の表情はどこまでも生真面目で。
「人の心配など意に介さず、敵陣に突っ込む猛将殿だ。心配という言葉を知らぬのかと思っていたぞ」
「あー…」
事実だけに返す言葉が見付からず、目を逸らせる。
それから大きな溜め息と共に、勢いよくソファに体を沈めた。
「大体そのようなこと、リオウ殿が許さぬだろう」
「…まぁな」
戦場でしか会ったことのない少年。言葉を交わしたこともない。
ただあの眼を見れば、人となりを知ることができる。
そしてそれは、次々と入ってくる報告からも知れること。


「ただ、食わせ者の軍師がいるからな」
勝つためであれば、卑怯と思われる手ですら躊躇うことなく実行するであろう男。
高潔すぎる主に代わり、汚れた部分を一手に引き受けているかのような男。
彼だけが気にかかる。
悪く言えば馬鹿正直、よく言えば騎士道の精神を持っている同盟軍主要メンバーの中において、彼だけが異質。
彼さえいなければ、このような心配をする必要もないのだが。
尤も、彼がいなければ、このように戦争が長引いてもいなかっただろうが。
数か月前、今はオレンジ城と名付けられている、あの名もなき城で全ては終わっていたはずだ。
最も厄介な男の顔が頭をよぎる。
「和平の使者を捕らえたとなると、向こうの評判が悪くなる。そのようなことは出来んさ」
「…それもそうか」
民が望んでいるのは、戦が早く終わること。
そのための使者を捕らえたとなると、同盟軍に対する民からの評判は落ちる。
それは愚策以外の何物でもない。
漸く納得がいったように頷いたシードが、ソファに深く座ったまま目を閉じた。


「では行ってくる」
支度が出来たらしいクルガンの声にシードが目を開ける。
「書状は持っただろうな?」
「お前じゃあるまいし、忘れるわけがなかろう」
軽く、書簡が入っているのであろう懐を叩く姿が視界に映った。
「では留守は任せた」
「おぅ、任された」
突き出した拳に、白い手袋をはめた拳がぶつけられる。
座るソファの隣を通り過ぎ、扉の開く音と閉まる音。
主がいなくなった部屋の中で、シードが天井を仰ぎ見た。
あとは、向こうがこの話に乗ってくるかどうかだけだ。
作戦そのものは正直納得のいくものではないが、それも仕方のないことだろう。
回りくどいやり方よりも、戦場で叩き潰した方がよほどに分かりやすいし、自分好みだ。
ただ、それで此方に多くの被害が出てしまうのは望むところではない。
「…こんな戦争、さっさと終わっちまえばいいのに」
思わず本音を漏らしたシードが、溜め息交じりに再び瞼を伏せた。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第11週目お題「クスクス・ミューズ和平・坊ちゃん」。
クスクス=クルガンを連れて回るイベントという認識は正しいはず。
こんな事情でシードは来てくれなかったんだと思ってる。