悔恨

「…平気か?」
「あぁ…」
返ってくるのは掠れた声。
その顔色は、この闇の中でもわかるほどに蒼い。
今にも倒れそうな体を支えてやりながら、クルガンは木々の向こうに再び視線を向けた。
視界に映るのは、先ほどと変わることのない風景。
当たり前だ。変わるはずもない。
地に伏したその人物は、既に息絶えているのだから。
彼を討った同盟軍は撤退してしまっている。
暫くの間、体を強張らせながら黙りこんでいたシードが不意に動いた。
向かう先は、地に伏して息絶えているかつての主君の元。
そして彼の脇で足を止める。
人の気配がないことを確認しながら、クルガンがそのあとをついていく。
周囲を数匹の蛍が、その死を悼むかのように光りながら飛んでいる。
自分たちのその光、が一人の人間を殺したことなど知らないままに。
その微かな灯りの下の亡骸は、想像していた以上に壮絶なもので。
シードは固く唇を噛み締めた。


「…人が人を裁く権利ってのは…あるんだろうかな…」
きつく唇を噛み締めていたシードが漸く口を開き、小さく呟いた。
視線は足もとに落としたまま。
「そりゃ俺が言えた義理じゃねぇのは分かってるがな…」
そこまで言ってから視線を彷徨わせ、再び口を閉ざした。
まるで言葉を見つけられないかのように。
代わりに膝をつき、おずおずとその人へ手を伸ばす。
その体のすぐ傍には折れた剣と、木彫りのお守り。
一度黒いその髪に触れてから、転がる木彫りのお守りを拾い上げた。
この中から出てきた蛍を手に握り、しかし潰すことなく解放した姿を思い出す。
「…狂皇子と呼ばれて恐れられていても、この人も一人の人間でしかなかったのにな…」
何故彼の道は狂ってしまったのか。
幼少時に彼の忌まわしい事件が起きなければ、彼は同盟を憎むこともなかっただろうに。
彼を狂皇子にしてしまったのは、同盟だというのに。
「…それが戦争というものだ」
独り言のようなシードの言葉に、やはり独り言のようにクルガンが呟いた。


決して彼自身が嫌いなわけではなかった。ただ、彼の行動が許せなかった。
国を守るためとはいえ、彼を裏切り、死に追いやったのは事実。
今さら何を言ったところで言い訳にしかならない。
だが、それでも…
「申し訳、ありませんでした」
絞り出すように一言だけ謝罪の言葉を呟いたシードは、ゆっくりと立ち上がった。
その手にはまだ、木彫りのお守りが握られている。
隣でクルガンが黙祷を捧げるかのように、僅かばかり瞼を伏せた。
心中はまだ複雑なまま。
彼を裏切った時点で彼の死は覚悟していたというのに、この苦い後悔はなんなのか。
「国のために主君を裏切ったんだ…。意地でも守り抜かないとな」
でなければ、何のために彼を裏切ったのか。
後悔を振り払うように殊更力強く言ったシードは、手にしたお守りをもきつく握りしめた。
クルガンの視線が一度、そこへと注がれる。
「…そうだな。ハイランドを滅ぼされるわけにはいかない」
ルカの魂を導くかのように。
二人の道を指し示すかのように。
一匹の蛍が。ひときわ強く光を放った。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第10週目お題「トラン同盟・ルカ戦」。その2。
「儚き幻想の残す夢跡」のリメイク?自覚はある。
でも皇子の最期は絶対に外すことのできないシーンだったんだ…。