戦いに想う

「…リオウ殿」
「え?…あ、はい」
ぼんやりとしていたリオウが、名を呼ばれたことに気付いて顔を上げた。
その先には軍師の険しい表情。
どうやら先ほどから何度も呼ばれていたらしい。
「先ほどから手が止まっているようですが?」
「ご、ごめんなさい」
言われ、ようやく執務中であったことを思い出した。
机の上の紙には、手にしたペンから滴り落ちた黒いインクの染み。
既に本日何度目か分からぬ失敗に、思わずと溜息が零れる。
使い物にならなくなった紙をくしゃりと丸める間にも、昨夜聞いた言葉が頭の中で繰り返される。

『貴様は何故に戦う!この俺を殺し、何を思う!!』

『戦いに何を想う!何を感じる!!
憎しみがその身をかけるのなら、同じことだ!
俺を殺し、我が王国を破ったとしてもそこに残るのは、平穏などではないぞ!
ただ、恨みの声が木霊する荒野だけだ!!』

剣で斬られても、矢を射られても、倒れることのなかったその人。
最期の最後まで憎しみに身を焦がし、自身の信じる悪を貫き通した人。
その人が最後に自分へと向けた言葉。
それが頭から離れない。


この戦争に巻き込まれ、いつの間にか同盟軍の盟主になり。
ずっと自らに問いかけ続け、それでもまだ出ることのない答え。
その胸の内を見透かしたかのような言葉。
戦いをなくすために戦う。
自分の大切な人を守るために、他人の大切な人を殺す。
それは何と矛盾したことなのだろう。
ハイランドという国を打ち倒す必要があるのかどうか、答えが出るはずもない。
そこには大切な人たちと、小さな幸せの中に暮らしている人たちがいるはずだ。
そのことに同盟もハイランドも関係ないではないか。
その人たちの平穏な暮らしを、小さな幸せを奪う権利がどこにある?
ハイランドだった場所が、それこそ恨みの声が木霊する荒野に変わるだけではないか。
今まで目を逸らしていた事実を昨夜、敵として憎んでいたその人に突きつけられた。
彼の問いかけは、言葉はどこまでも正しい。


溜息をついたきり、黙り込んでしまったリオウに、今度はシュウが溜息を零した。
「リオウ殿…彼の言葉を正面から受け取ることはありません」
そして迷いの残るリオウの瞳をまっすぐに見据える。
「貴方は、あのままルカ・ブライトを放置しておいて良かったと思うのですか?」
「それは…」
戦争を起こすために少年部隊の仲間たちを殺し、多くの村を焼き払い、多くの人を殺した人。
例えどんな理由があったとしても、それは決して許されることではない。
今後もそれを続けるであろう彼を止めるには、殺す以外の選択肢はなかった。
「思わないでしょう?ならばそれでいいのです。
貴方は討つべき者を討った。それ以外に何が必要ですか?」
「でも…」
「貴方も私も全能の神ではありません。ただの人です。
その時に、自分が正しいと思うことをする以外、出来ることはないのです。
あちらもこちらも救いたい。それこそ、夢物語以外の何物でもありません」
リオウの迷いを断ち切るように、シュウがきっぱりと反論の言葉を切り捨てた。
「…そう、ですね…」
本当は分かっていた。何もかも救うことなど、自分には出来ないのだと。
ただそれを認めたくはなかった。認められなかった。
でもそんなことは不可能なのだ。自分は、ただの人なのだから。
全てを救うことが出来ないなら、せめて自分が救えるものを救うしかないのだ。
「すみませんでした…」
「謝ることはありません。敵国のことも考えるくらいでなければ、盟主失格ですから」
「リオウー!ご飯だよー!」
ゆるりとシュウが首を振るとほぼ同時に、扉の向こうから元気な少女の声が聞こえてきた。
他にも誰かがいるのか、何やら賑やかな話し声が聞こえてくる。
リオウがそちらに顔を向ける。
全てを守ることはできない。
だからせめて、守りたいものだけは守りきってみせる。
一度の瞬きの間に強い意志の色を瞳に取り戻したリオウは、外の賑やかさに嘆息するシュウに笑いつつ大きく返事を返した。


「幻想水滸伝2発売10周年祭」で書かせて頂いた作品。
第10週目お題「トラン同盟・ルカ戦」。
ルカ戦後の同盟軍。2主とシュウの会話が地味に書いてて楽しい。
しかし皇子の最期の言葉も深いよなぁ。
言ってることが理解できるからこそ、2主からすれば絶対に聞き流すことのできない言葉だったんだろうなぁ。