9.最期の足掻き

結局―――最期まで無茶をする奴だったな。
隣で包帯を巻く幼馴染みを横目で見つつ、そう思う。出会ったときからそうだった。
この後にまだ戦うつもりにも拘らず、とことんまで粘った挙句に怪我を負わされて撤退してきた。
どのみち防ぎきることは出来ないのだからさっさと引き上げればいいと思うのは、矢張りこの国を心から想っていないからであろうか。
ともすれば、ハイランドで一番この国の事を想っている男とは気合の入れようというものが違うのであろう。
29年生きてきて、執着というものを感じたのはこの男にだけかも知れない。
考えれば22年の付き合い、それだけ思い入れというものもあるのだろう。
「傷のほうはどうだ」
静かに問えば、少し離れた場所に座り込んだシードがちらりと見上げてきた。
「動くに問題はない。ほとんど痛みもなければ、血も止まりかけてるしな」
「当然だ。誰が治療したと思っている」
胸の前で組んだ左腕を軽く持ち上げる。水の紋章と相性の悪いこいつとは違う。
「わかっているだろうが、あくまで応急処置だ。動けば傷は開くし、痛みも熱も血も出てくる」
「剣を振れれば充分だ」
気にした風なく胸部に包帯を巻き終えたシードは軽くその部位を叩き、にっと笑った。

こうして…最期まで抗ってどのような意味があるのかは正直いまだに分からない。
どうやっても滅びしか待たぬ国だ。見捨てて逃げても誰も責めはしないだろう。
降伏すれば、あの盟主ならば命はとらないように思う。何故そうしないのかが不思議でならない。
まさかこの男に限って『滅びの美学』などを考えているわけはないだろう。
常々「死んでしまえばそれまで」と笑っているような奴である。
単純に考えれば、こいつの中でそれほどまでにこの国の存在が大きいということだ。
―――つまり、自分がシードと共に死ぬ事を選んだ理由と同じわけか。
そこまで考えて思わずと苦笑を漏らす。気付いたシードがインナーを着ながら怪訝な眼差しを向けてきた。
「急にどうしたんだ…?」
説明できるはずもなく、かわりに肩を竦める。
「大したことではない。気にするな」
「変な奴だな…」
それはお前の方だ、と言いたかったが何とか抑える。
きちんとサーコートを羽織り、ベルトをつけたシードが立ち上がる。
その腰には二振りの剣。1つは普段彼が愛用しているそれ。もう一つは将軍に就任する際に国より下賜されるもの。
笑っても泣いても、勝っても負けても―――勝つことはまずないが―――これが最後である。
例え剣が折れようと気が済むまで戦うつもりなのだろう。
恐らく…以前の主君である人の剣が、最期の時に折れていたと聞かされていた事も大きな要因の一つではないかと思う。
「これでよし、と」
具合を確かめるかのように、通常のものより重く作られた、慣れ親しんでいる剣を振るう。
その動きに問題があるようには見えない。痛みがないせいと、応急手当が適切であったからであろう。
肩慣らしのように数度剣を振るったシードは、それを腰の鞘へと戻す。
敵軍が城門に辿り着くより一足先に戻ったとはいえ、然程時間に余裕があるわけではない。
ハーン様やカラヤの族長、それに兵の数もそれなりではあるが、それでどれだけの時間が稼げるのかは甚だ疑問である。
ましてシードの治療に費やした時間を思えば、残りはどの程度であろうか。
余命は二刻もないだろう。それにしては随分と落ち着いているのがやけに可笑しい。

「…だからさっきから何なんだ?ほんと変な奴だな」
どうやらまた顔に出ていたらしい。表情一つ隠せないとは、これで案外動揺しているのかもしれない。
「あとどれくらいだと思う?」
「?一刻前後じゃねぇのか?」
それのどこが面白いのかと言わんばかりの眼差し。
矢張りこいつは死ぬことなど考えてはいないのだろう。
死ぬであろうことが分かっていながらに、それを考える事もない。というのはなかなか出来ることではない。
これは見習うべきだろうか。
今、新同盟軍の連中はどのあたりにいるのだろうか。
窓のないこの部屋にいては何とも言えないが、引き上げたタイミングや城の構造などから考えて、ハーン様と剣を合わせている頃だろうか。
「―――もう一度聞くが…」
「俺は、最期まで戦うぜ?」
最後まで言わせまいと、聞くまいとするかのように凛とした声が響いた。
どこまでも真摯な響きは力強く、しかし心変わりを恐れているかのようでもあり。
それに気付かなかったふりをして、代わりに一つ頷く。
「今更だったな」
「全くだ。…俺は体が動く限り足掻くからな」
実質、既にはないこの国を一秒でも長く存在させるために。
悲しいくらいに直向きな気持ちが伝わってくる。
滅びしか未来に待たぬ国。その国と運命を共にする事を決めた男。まるで他の生き方を知らぬかのように。
余りに痛々しい、その男と運命をすることに決めた己は莫迦だろうか。
だが、誰よりも大切な彼となら最期を共にしても悔いはない。
ただこいつの最期のために、もう一足掻きしてみるのも悪くない。

読んでの通り、最終戦直前。
クルガン視点としてはこれでラスト。。